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どんでん返しのヘテロトピア──『じょしらく』と震災後の日常|てらまっと

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※本記事は、「アニメ評論家・藤津亮太のアニメの門ブロマガ 第8号(2012年12月28日号)」に掲載された「どんでん返しのヘテロトピア──『じょしらく』に見る不安定な日常」を一部加筆・修正のうえ、転載したものです。

文:てらまっと

『魔法少女まどか☆マギカ』が大ヒットした2011年とくらべると、翌2012年は『おおかみこどもの雨と雪』や『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』といった劇場アニメが大きな興行的成功を収める一方で、テレビアニメにはこれといった話題作が見あたらなかったようにも思える。にもかかわらず、ここで『じょしらく』を取り上げるのは、マリーさん(蕪羅亭魔梨威)が可愛いとかキグちゃん(波浪浮亭木胡桃)が腹黒いとか、そういう個人的な理由だけではない。そうではなく、この作品が毎週放送のテレビアニメだからこそできること、つまりは私たちの日常そのものを描き出しているように感じられたからだ。それはこのアニメのオープニングでも歌われているように、「表と裏」がたやすく「裏返し」や「どんでん返し」になってしまう、ハリボテのように不安定な日常である。

ユートピアとしての日常系

『じょしらく』は『さよなら絶望先生』(2007)の久米田康治が原作、『とらドラ!』(2008)のヤスが作画を担当する同名の漫画作品をアニメ化したもので、2012年7月から9月にかけてテレビ放送された。「このアニメは女の子の可愛さをお楽しみいただくため、邪魔にならない程度の差し障りのない会話をお楽しみいただくアニメです」という冒頭ナレーションからも明らかなように、落語家である5人の美少女キャラクターたちが落語そっちのけで、舞台裏の楽屋でさまざまな会話を繰り広げる様子を描いた作品だ。これは言うまでもなく『らき☆すた』(2007)や『ひだまりスケッチ』(2007)、『けいおん!』(2009)といった、いわゆる “萌え四コマ” を原作とする日常系アニメを強く意識したもので、タイトルからして萌え四コマ風になっているだけではなく、作中のエピソード(アニメ第六席「四枚起承」)でもあからさまにパロディ化されている。

 とはいえ『じょしらく』の原作はごく一般的な体裁の漫画で、四コマ形式を採用しているわけではない。さらにこの作品には、これらの萌え四コマとは決定的に異なる点がある。それは楽屋でのたわいない会話のいたるところに、社会風刺的なブラックユーモアが織り込まれていることだ。たとえば隣国に領土や技術を返せと叫んだり、元総理大臣が宇宙人として登場したり、原子力発電所が爆発したりといったような、きわどい時事ネタやパロディがちりばめられている。これに対して多くの萌え四コマでは、登場人物(たいていは女子高生)の身の回りで起こるささやかな出来事、たとえば定期テストや部活動、文化祭といったことだけが話題になり、テレビやネットを騒がせる社会的・政治的な出来事はほとんど登場しない。そういう意味で萌え四コマは、ごくありふれた日常を描いているように見えて、やはりひとつの「どこにもない場所ユートピアなのだ。

第一席「叫び指南」より、北朝鮮への返還要求
©久米田康治・ヤス・講談社/女子落語協会

“穴” だらけの楽屋

 では『じょしらく』にブラックユーモアがあふれているのはなぜだろうか。それはもちろん漫画原作をつとめる久米田康治のせいなのだが、ここではその要因のひとつを作中の設定に求めてみたい。その要因というのは、登場人物たちの会話劇を支えている物理的なインフラ、要するに「楽屋」である。多くの萌え四コマでは、たとえば『ひだまりスケッチ』のひだまり荘や『けいおん!』の音楽準備室のように、少女たちが集まって談笑するための小さな部屋が用意されている。そこにはいまだ社会や政治に汚染されていない穏やかな雰囲気、誰もいない放課後の空気がたしかに漂っていて、彼女たちの話し声や笑い声をそっと包み込んでいる。だが、それはまさにこの部屋が外界──フィクションの外にある、私たちの現実世界──の騒音や雑音をシャットアウトすることで、やっかいな社会問題・政治問題が入り込んでくるのを防いでくれるからではないだろうか。つまり、萌え四コマに登場する少女たちは、外部から隔離された安心・安全なシェルターに守られているからこそ、身近な出来事に笑ったり泣いたりすることができるのだ。

 ところが『じょしらく』の楽屋は、ひどく不安定で頼りないものに見える。たとえばアニメ第三席「真田小ZOO」には、楽屋の四方の壁が舞台のセットのように倒れてしまうシーンがある。またアニメ第七席「楽屋調べ」では、楽屋の畳をはがすとなぜかお相撲さんが横たわっていて、壁紙の裏には気味の悪いお札が貼ってあり、天井裏ではおびただしい数のネズミが柱をかじっている。さらに『じょしらく』のすべてのエピソードに共通して言えるのは、つねに楽屋の外からあやしげな人物が勝手に上がり込んでくるということだ。たとえば宗教勧誘のおばさんや覆面姿の準レギュラーメンバー、アラブの石油王、巨大な黒ウサギ、ウザい新キャラなどが毎回のように楽屋に侵入し、登場人物たちの会話に割り込んでくるのだが、これは典型的な萌え四コマではありえないことだろう。『ひだまりスケッチ』や『けいおん!』のシェルターのような部屋とは対照的に、『じょしらく』のハリボテのような楽屋には、外部とつながってしまう “穴” があちこちに開いているのだ。

第七席「楽屋調べ」より、畳の下の力士
©久米田康治・ヤス・講談社/女子落語協会

『じょしらく』の登場人物たちは、楽屋の内部で会話しているにもかかわらず、外部からの侵入者に絶えず脅かされている。アニメではオリジナルの東京観光パートが追加されているが、むしろ楽屋の外にいるほうがどこかリラックスして見えるのはそのせいかもしれない。いずれにせよ、この不安定な空間構造は『じょしらく』という作品そのものを象徴していると考えることもできる。楽屋の外から不審者が入り込んでくるように、本来なら作品の外部にあるはずの社会的・政治的な時事ネタが、登場人物たちの会話のなかに直接混ざり込んでしまうのだ。これは『じょしらく』がフィクションとして十分にリアルから切り離されていないこと、つまりはユートピアとして不完全であることを示している。そこでは表/裏、内/外、フィクション/リアルの境界線が曖昧になり、日常的なものと非日常的なもの、親密なものと疎遠なものがたやすく入れ替わってしまう──たとえば、登場人物のひとりがいつのまにかロボットにすり替わっていたように。

不気味な空間に住まうために

 こうした「不気味」な空間は、ある意味では現在の私たちの日常そのものでもある。というのも2011年の震災前後から、たとえば原発問題や近隣諸国との領土問題といったかたちで、社会的・政治的な圧力がますます増大しつつあるよう見えるからだ。これらの問題はパソコンやテレビ、スマートフォンを通じて、私たちの日常のあらゆる穴から浸透してくるため、たとえ部屋のなかにひとり閉じこもっていても、あるいはフィクションに耽溺していても逃れることはできない。たとえば、同年にアニメ化された『さくら荘のペットな彼女』(2012)では、原作ではお粥だったシーンが韓国料理の「サムゲタン」に変更されたことをめぐって、ネット上でさまざまな臆測や誹謗中傷が飛び交うことになった。いまやアニメを観賞することは、部屋に閉じこもって画面に没入することではなく、ニコニコ動画のコメントやTwitterのつぶやき、あるいは5ちゃんねるの書き込みといったような、部屋の外からの浸透圧につねにさらされることを意味している。

『じょしらく』のブラックユーモアは、まさにこうした状況を逆手にとったものと言える。とくにアニメ第十席「虫歯浜」では、楽屋の内と外が複雑な「ピタゴラ装置」で結びつけられ、3.11の原発事故を思わせる出来事が結果的に登場人物の虫歯治療(!)に利用される。原子力発電所の爆発という本来ありそうもない──ありそうもなかった、と言うべきだが──大事件を、虫歯を抜くというごくありふれたプロセスの一部として組み込むことで、あの日、いわば裏返ってしまった私たちの日常をもう一度、不謹慎な笑いとともにひっくり返してしまうのだ。もちろん、ブラックユーモアによって原発事故が収まるわけではないし、放射能汚染が消えるわけでもない。苦境にある当事者の感情を逆撫ですることもあるだろう。しかしそれでも私たちは、今後もやっかいな社会問題・政治問題に頭を悩まされながら、穴だらけの不気味な空間を新たな日常として生きていかなければならない。

第十席「虫歯浜」より、原発ピタゴラ装置
©久米田康治・ヤス・講談社/女子落語協会

『じょしらく』が教えてくれるのは、そんな不安定な日常を笑いながら生きるための生の技法である。それはときに野蛮に響くかもしれないが、しかし同時に非日常的なもの、疎遠なものを受け入れ可能なものに変えることで、ハリボテのような空間に住まうことを可能にしてくれる。だから『じょしらく』のブラックユーモアに苦笑することは、リアルから切り離されたフィクション、原発事故の起こらなかった/起こりえない静謐なユートピアに避難することではない。そうではなくて、表と裏、内と外、フィクションとリアルが相互に浸透し反転するような、騒々しい「他なる場所ヘテロトピアを生きることなのだ。

著者

てらまっと teramat

「週末批評」管理人。志の低いアニメ愛好会(低志会)メンバー。〈バーチャル美少女セルフ受肉アニメ批評愛好家〉として労働の合間にアニメを見る日々。

Twitter:@teramat

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