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失われた星を求めて──アニメ『美少年探偵団』のクィア・リーディング|あにもに

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※本記事は、シャフト批評合同誌『もにも〜ど(2023)所収の論考を転載したものです。なお、『美少年探偵団』(2021)の結末についての情報が含まれます。

文:あにもに

プロローグ

 2021年に放送された『美少年探偵団』は、西尾維新の同名小説を原作とするテレビアニメである。西尾維新の〈物語〉シリーズと同様、本作もアニメーション制作会社のシャフトが手掛けている。タイトルの「美少年探偵団」とは、物語の舞台となる指輪学園中等部で秘密裏に活動する組織で、その名の通り粒揃いの「美少年」たちが在籍している。本作の主人公にして語り部でもある瞳島眉美は、ある出来事をきっかけに美少年探偵団に加わることになり、日常に潜む不可思議な事件に巻き込まれてゆく──。

 本作のユニークな点をひとつ挙げるとすれば、それは女性主人公が「男装」しているという設定に求められるだろう。眉美は美少年探偵団に入団すべく、男装して「美少年」になるのだ。男性に扮することで男性主体の部活動に参加するといった設定は、しばしば『桜蘭高校ホスト部』(2006)の主人公・藤岡ハルヒとの類似性が指摘されている。しかしながら『美少年探偵団』には、先行作品とは決定的に異なる点が存在する。それは『桜蘭高校ホスト部』における「ホスト部」が、対外的な活動のためにハルヒが男装しなければならない明確な理由付けを行っているのに対して、美少年探偵団では特にそのような差し迫った事情は存在しないという点である。

 たしかに美少年探偵団は「美少年」たちの集まりであり、その団則には「少年であること」という一種の排他的なルールが存在する。ただし、これも団長にして通称「美学のマナブ」こと双頭院学に言わせれば、女子の入団も「少年の心を持っているならなんら問題はない」1。学によるこのステートメントは、『美少年探偵団』という作品の性質を分かりやすく表している。というのも、本作はきわめて「クィア」な作品として読み解くことができるからだ。

 とはいえ、眉美が既存の性別枠組みに当てはまらない、いわゆる「ジェンダークィア」であるという直接的な言及があるわけではない。これは原作小説でも同様である。しかし、だからといって『美少年探偵団』におけるクィア批評の可能性を閉ざしてしまうべきではないだろう。ここではむしろ、小説では覆い隠されていたテーマが、アニメという映像表現を通して浮かび上がっていることに注目したいのだ。

 本稿で取り上げるのは、テレビアニメとしての『美少年探偵団』に見られるクィアな描写の数々である。実際、本作のアニメ化に際しては、小説には描かれてこなかった様々な要素が映像として視覚的に表現されている。なかでも印象的なのは、やはり眉美の男装姿だろう。小説では眉美の容姿は言葉と挿絵による描写にとどまっていたが、テレビアニメではそれらに加えて動きや声、そして色彩が付け足され、キャラクターの行動と心情がより精細に描かれることになった。

 では、瞳島眉美というクィアなキャラクターに生命を吹き込むアニメートにあたり、具体的にどのような意匠が凝らされているのか。この点について考えるためには、映像と物語の両方の側面から『美少年探偵団』という作品の中心的なテーマを捉える必要がある。そこから浮かび上がってくるのは、いわば「クィア・アニメーション」として本作を読解する可能性である。常にオルタナティブなアニメーション表現を追求してきたシャフトは、いかにしてひとりのセクシュアル・マイノリティの生を、またその美学を描き出しているのか──本作のクィア・リーディングを通じて、われわれはフィクションを超えた実践へと導かれるだろう。

目次

西尾維新のクロスドレッシング

 『美少年探偵団』のクィア描写について考える前に、まずは西尾作品におけるキャラクターの「クロスドレッシング(異性装)」の系譜を確認しておきたい。振り返ってみれば、そもそも西尾はキャラクターのクロスドレッシングを特に好み、繰り返し描いてきたクィアな作家であったはずだ。

 例えば、西尾のデビュー作である「戯言シリーズ」の主人公・戯言遣いこと「ぼく」は、作中で惜しみなく女装を披露してきた。また、同じくシャフトがアニメ化している〈物語〉シリーズの第18作目『続・終物語』(2019)においても、物語のクライマックスで主人公の阿良々木暦に女装をさせたことは記憶に新しい。一方、阿良々木の写し鏡であり自己批判精神そのものである忍野扇は、これまで女性として描かれてきたが、同作では阿良々木とは対照的に男装を披露している。この点も併せて考えなければならないだろう。

 キャラクター造形という観点から見ても、眉美と戯言遣い、そして阿良々木は共通してシニカルなものの見方をする傾向にある。特に阿良々木は「眼」に関する特殊な能力を持っているという点で、眉美ときわめて類似したキャラクターである2。その他に「世界シリーズ」や「伝説シリーズ」などの作品においても、必ずと言っていいほどクロスドレッシングを行うキャラクターたちが登場することは見逃せない。

 こうした傾向は今なお立ち消えてはいない。西尾が原作を務める漫画『暗号学園のいろは』(2023–)では、主人公のいろは坂いろはは厳密には女装をしているわけではないものの、舞台設定や容姿を見れば、これまでの西尾作品におけるクロスドレッシングの系譜と地続きであることは明らかだ。そうした意味で『美少年探偵団』の眉美は、「西尾維新型主人公」の特性を忠実に受け継いでいると言えるだろう。

 しかし本作には、他の西尾作品と明確に異なる点もある。とりわけ注目すべきなのは、まさに「ジェンダー」が物語の主題そのものへと昇華されている点だ。少なくともそれまでの西尾作品においては、最初から最後まで一貫してクロスドレッシングを扱ったものは存在しない。

 ではなぜ『美少年探偵団』ではクロスドレッシングが多用されているのだろうか。「人類最強の請負人」こと哀川潤の言葉を借りるならば「探査役の女装は推理小説の基本だろう。いわば外れのないお約束、王道中の王道」3であり、なるほど『美少年探偵団』がオマージュを捧げている江戸川乱歩の『少年探偵団』シリーズでは、団長の小林少年は女装の名手であった。哀川が「女装は推理小説の基本」と言ったのは、おそらくは小林少年の潜入捜査が念頭にあったのだろう。しかしながら、本作におけるクロスドレッシングは必ずしも「捜査」や「推理」のためにのみ行われるわけではない。というのも、小林少年が捜査の必要に応じて女装するのに対し、眉美は捜査の際だけではなく、日常的にクロスドレッシングをしている/するようになるからだ[図1]

図1:『美少年探偵団』2話「きみだけに光かがやく暗黒星 その2」
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

 西尾の戯言シリーズや『桜蘭高校ホスト部』との違いもやはりこの点にある。後者との比較については冒頭で述べた通りだが、これは前者の『クビツリハイスクール 戯言遣いの弟子』(2002)との比較にも当てはまる。同作では戯言遣いが澄百合学園という女子校に潜入するミッションを与えられ、そのために女装をすることになる。ところが眉美には、そのようなしかるべき動機がそもそも存在しない。眉美が作中で最初に男装を行うのは、正体不明の刺客から姿を変えて逃げるためなのだが、だからといってわざわざ男装しなければならない理由にはなりえない。そのことは「美食のミチル」こと袋井満が即座に指摘している通りだ。ましてや事件が解決し、美少年探偵団に正式に加入した後も男装し続ける必要性は皆無である。

 それでもなお眉美が男装を行うのは、『美少年探偵団』という作品にとってクロスドレッシングが中心的なテーマのひとつだからだ。そのことを如実に示すように、本作では眉美のみならず、学もまた当然のように女装を行う。それも一度きりではない。物語を通じて学が繰り返し女装していることは、本作がクロスドレッシングというテーマを明確に打ち出している証しだろう。

 これらの描写から見えてくるのは、『美少年探偵団』におけるクロスドレッシングは何らかの実利的な目的や動機、趣味によるものというより、むしろ広義の「セクシュアリティ」の問題として描かれているということだ。それゆえ眉美の男装は、単なる記号としてのみ捉えられるべきではない。そうではなく、ジェンダーやセクシュアリティといった観点からこそ解釈されるべきなのであり、これによって初めて眉美というキャラクターの像が浮かび上がってくるのである。本作におけるクィア・リーディングは、ここから出発しなければならない。

 結論を先取りして言えば、眉美のジェンダー・アイデンティティはおそらく、一意に定められるものでもなければ、定めるべきものでもないだろう。あるいは正確を期するなら、こう言い換えてもいいかもしれない──眉美のセクシュアリティは常に曖昧に揺らぐものとして描かれている、と。すでに述べた通り、眉美のジェンダーは作中においては明示されない。しかしこのことはむしろ、われわれに重大な示唆を与えてくれる。なぜならば、ジェンダーが明示されないということそのものが、まさに眉美が「クィア」な存在であることを暗示しているからだ。

越境する性

 眉美のクロスドレッシングを具体的に見ていこう。眉美は物語の冒頭では女子用の制服を着ており、ヘアスタイルもロングであった[図2]。テレビアニメでは第2話から男装をするようになるが、とはいえ常に男子の格好をしているわけではない。

図2:『美少年探偵団』1話「きみだけに光かがやく暗黒星 その1」
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

 たしかに物語が進むにつれ、眉美は学校の内外を問わず日常的に男装をするようになる。しかし、例えば「ぺてん師と空気男と美少年」編では、冒頭で男装姿を披露したかと思えば、すぐさまバニーガールの衣装に着替えてみせる[図3]。あるいは小説の短編『人間飆』でも、眉美は男装ではなく女子の格好をしている。この短編では「美脚のヒョータ」こと足利飆太が陸上大会の決勝に出場することになるのだが、不本意ながら応援に駆り出された眉美は「変装」して、つまりは女子の姿で参加するのだ4

図3:『美少年探偵団』5話「ぺてん師と空気男と美少年 その2」
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

 この転倒の仕方は実に精妙である。前述のように「探査役の女装は推理小説の基本」だが、眉美の場合は日常的に男装しているため、潜入捜査の際にはむしろ自らの男装をあっさり解くことが多い。この奇妙なまでの軽やかさは、一見したときの印象とは異なり、眉美のアイデンティティが必ずしも「男装」それ自体にはないことを示唆している。繰り返しになるが、眉美は常に男子の格好をしているわけではないのだ。

 こうした眉美の性格は、例えば音楽の次元においても見出すことができるだろう。『美少年探偵団』の音楽を担当した太田雅友とEFFYは、眉美のテーマ曲である「美観」の劇伴について「中性的なエッセンスを唯一盛り込んだ曲」と語っており、本作を象徴する音楽として一番はじめに作ったものであるとインタビューで証言している5。同じことは声優のキャスティングについても言える。眉美の声は女性声優の坂本真綾が担当しているが、実は学役の男性声優・村瀬歩もオーディションの際に眉美の役を同時に受けたと語っている6。結果としては坂本が眉美役に選ばれたことで、『桜蘭高校ホスト部』のハルヒと同じ声優が演じるかたちになり、両作品の繫がりが印象づけられることになった。

 また「声」について考えるとき、本作の「押絵と旅する美少年」編にはストーリーの本筋とは限りなく関係が薄いものの、無視できないエピソードが挿入されている。それは指輪学園の年末行事である合唱コンクールについての話だ。男女に分かれて混声合唱のソプラノ・アルト/テノール・バスを担当することになるのだが、眉美は普段からクラスでも男装をしていたため、男子のパートに機械的に割り当てられてしまう。そのため眉美は「美声のナガヒロ」こと咲口長広に声質の変え方について、付け焼き刃のレクチャーを乞うことになる。

 このエピソードにおいてあらためて興味深いのは、眉美は男装はしていても、声質に関しては特別変えようと努力してきたわけではないということだ。そもそも合唱パートの割り振りに関しても、どちらでも構わないという中立的なスタンスを取っており、あくまで他者から割り当てられたパートを淡々と、そつなくこなそうとしているにすぎない。

 こうした断片的なエピソードひとつとっても、眉美のジェンダーはきわめて曖昧なものとして描かれていることが分かる。男装こそが眉美のアイデンティティであると短絡的に捉えると、この曖昧さが取りこぼされてしまう。眉美に見出されるのはジェンダーを越境する、つまりは広い意味での「トランスジェンダー」なキャラクター像である。トランスジェンダーというと、出生時の性とは異なる性自認という側面が強調されがちだが、必ずしもそれだけにとどまるものではない。眉美について考える上で重要なのは、そもそも性別という概念自体にとらわれない「ノンバイナリー」なあり方である。

 ノンバイナリーとは、男性/女性という性別二元論の枠組みにとらわれないジェンダー・アイデンティティのことだ。様々なジェンダー・アイデンティティのうち、社会通念上一般的なのは男性と女性だが、ノンバイナリーはそのどちらにもとらわれないすべてのジェンダー・アイデンティティを指している。

 男装はしばしば容姿の問題として扱われるが、ノンバイナリーにとって理想的ないしは規範的な「外見」は存在しない。女性らしい服装やメイクをすることもあれば、男性らしい格好をすることもある。もしくは、そのどちらでもない場合もありうる。そのため、ノンバイナリーにとって大切なのは外見ではなくむしろ自己認識や自己受容である、といった考え方がある7。これは『美少年探偵団』の中心的なテーマと深く共鳴している。繰り返しになるが、本作において語られる「美少年」とは、決して「美しい少年」という特定の性別と外見を指し示す言葉ではない。「美少年」とは個人の生き方そのものなのだから。

 こうしていくつものジェンダー・アイデンティティを絶えず振り子のように行き来する眉美の身振りは、広く流通している統一的なジェンダー概念を解体するものだ。このことは例えば、ジェンダー研究で知られるアメリカの哲学者ジュディス・バトラーの「パフォーマティヴィティ」概念を参照するとより分かりやすいだろう。バトラーにとって「セックス」や「ジェンダー」は常に社会的に構築されるものであるのみならず、様々な「行為」を通してわれわれのアイデンティティが作り上げられていく。行為の前にあらかじめ規定された主体があるのではなく、行為こそが絶えず主体を遂行的パフォーマティヴに形作っていくのだ。

 こうした考え方に基づき、バトラーは異装(ドラァグ)やクロスドレッシングによるジェンダー・アイデンティティの「脱自然化」の可能性について、以下のように述べている。

ジェンダーを模倣することによって、異装はジェンダーの偶発性だけでなく、ジェンダーそれ自体が模倣の構造をもつことを、明らかにするのである。 事実、快楽のひとつであるパフォーマンスの眩暈は、セックスとジェンダーの統一的な因果関係を自然で必然だと規定している文化配置に逆らって、両者の関係はそもそも根本的に偶発的なものだという認識を持つときに、生まれるものである。異性愛の首尾一貫性という法の代わりに、セックスとジェンダーの区別を受け入れ、かつその統一性を捏造する文化のメカニズムを芝居がかって演じるパフォーマンスによって、セックスとジェンダーは脱自然化されていくのである。8

 ここでバトラーが述べているのは、クロスドレッシングという行為が、本質主義的でオリジナルなジェンダー概念をあえて「模倣」することで、それを脱自然化=パロディ化しているということだ。こうした「ジェンダー・パロディ」としてのクロスドレッシングは、眉美のみならず、学の女装姿についても当てはまる。「芝居がかって演じるパフォーマンス」がまさに本作において演じられるような演劇的な身振り全般について指摘できることは、第1話のアバンを見れば誰の目にも明らかだろう[図4]。学校の屋上で初めて邂逅する眉美と学は、まるでその場所が舞踏会のボールルームであるかのように、ミュージカルのごとく踊ってみせるのだ9。常に芝居がかった喋り方をする学や、それを強調するように極端な緩急がつけられたアニメ表現は、どこか演劇的な印象をわれわれに与える。ことほどさように『美少年探偵団』は、ジェンダーをパーフォマティブに描くものなのである。

図4:『美少年探偵団』1話「きみだけに光かがやく暗黒星 その1」
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

男装と星

 それではノンバイナリーなキャラクターとしての眉美の男装は、テレビアニメでは実際にどのように描写されているのか。ここで鍵となるのが、眉美と「星」との関係性である。

 テレビアニメの序盤で描かれる「きみだけに光かがやく暗黒星」編のストーリーはこうだ。眉美は子どものころに観た、夜空にひときわ輝くある星に魅入られている。その星は眉美を一瞬にして虜にするが、しかし眉美は二度とその星を見つけることができなくなってしまう。そこで眉美は、この「失われた星探し」を美少年探偵団に依頼する──というのが最初に語られる物語である。

 やがて美少年探偵団は「失われた星」の真相に辿り着く。長年にわたって探し求めていた「星」はそもそも存在せず、かつて眉美が目にしたのは、非合法に打ち上げられた軍事衛星が核兵器によって撃ち落とされたときの光であった。生まれつき人間離れした視力を持つ眉美は、軍事衛星が撃墜されるその瞬間を目撃してしまったのだ。

 軍事衛星、核兵器、撃墜──知ってはならない国家機密を暴いてしまった眉美たちは、何者かに付け狙われるようになる。その正体不明の刺客から逃れるために眉美は男装をするのである。

図5:『美少年探偵団』2話「きみだけに光かがやく暗黒星 その2」
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

 ここで眉美の男装姿を取り上げてみよう[図5]。もともとは女子の制服を着ていたが、男子用のローファーやスラックス、そしてジャケットを羽織り、ヘアスタイルをロングからショートに変えている。なお、この時点ではショートヘアのウィッグをかぶっているのだが、後に実際に断髪することになる10。この変装場面の映像的な見せ方についても考察を加えておこう。スラックスやジャケットの断片化されたクロース・アップのインサートカットは、身体そのものがまさに「構築」されていくものという印象を与え、バトラーのいうパフォーマティヴィティ概念を想起させる。ここではシャフト作品において特徴的な分割PAN(カメラ移動の途中をスキップして見せる手法)が、自明に思われる身体イメージに疑義を挟み、それを解体するものとして機能しているのだ。

 そして男装した眉美の姿として最も象徴的なのが、耳元に輝く「星のピアス」だろう。髪を長く伸ばしているときには隠れていた星のピアスが、男装をすることではじめて露わになるのである[図6]

図6:『美少年探偵団』2話「きみだけに光かがやく暗黒星 その2」
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

 あえて強調するまでもなく、「星」にまつわるモチーフは『美少年探偵団』を貫く最も重要なモチーフのひとつである。眉美の将来の夢が「宇宙飛行士」であることは、眉美が長年探し続けてきた星の存在がアイデンティティそのものとして刻み込まれていることを意味している。だからこそ眉美の瞳には必ず星が描かれ、さらには映像においても常に星をかたどったエフェクトが画面上に現れるのだ。

 とはいえこの星のピアスに関しては、眉美のメーキャップを担当した「美術のソーサク」こと指輪創作が眉美の男装の際に初めて付けたものなのではないか、という疑問を抱く読者もいるかもしれない。なるほど、たしかにその可能性は否定し得ないし、むしろ眉美の性格を考えれば十分にあり得ることである。しかしそうだとしても、本稿はそのような立場には与しない。なぜならば、眉美が星のピアスを男装前から付けていたと考えることは「物語にとって、まさしく必然でしかない」11からだ。

 幼少期に見上げた「星」が二度と見つからなかったように、眉美が付けている星のピアスもまた、自身の長髪によって覆い隠されていた。けれども星のピアスは最初からそこにずっとあり、眉美がそれを見つけ出すときを、男装によって露わにされるときを待っていたのである。眉美のロングヘアは、星のピアスを隠すためにこそあったのだ。その隠された星、すなわちアイデンティティそのものが男装をする際に認められるというのは、きわめて象徴的な暗喩表現と言えるだろう。

星の輝き

 失われた星が重要なのは、それが眉美にとって自身のアイデンティティを表しているから、というだけではない。ここでもうひとつ注目すべき点は、星の「色」である。

 一般的に星の色は黄色で表現されることが多い。しかし恒星は表面温度などによって様々な見え方があり、実際の夜空では多種多様な色と明るさで輝きを放っている。そのため作中で描かれる星のエフェクトなどは、黄色以外にもたくさんの色彩が使われている。にもかかわらず、眉美の星のピアスだけは黄色でなければならない

 なぜピアスの星は黄色でなくてはならないのか。それは、男装した眉美の姿に黄色のカラーが足されることで見えてくるものがあるからだ。このことについて考えるためには、ノンバイナリーの「プライド・フラッグ」を参照する必要がある[図7]。プライド・フラッグとは、様々なセクシュアリティ、ジェンダー、LGBTQコミュニティを象徴する旗のことである。

図7:ノンバイナリー・プライド・フラッグ

 黄、白、紫、黒の4色から構成されるプライド・フラッグは、性別二元論に当てはまらないノンバイナリーな人々を指している。特に紫は青と赤の間に位置する中間色として、様々な象徴的意味を持つ。その紫が眉美のパーソナルカラーとして使われていることの意味は、ここで正しく指摘しておかなくてはならないだろう。特定の色のジェンダー的な含意を反映させたキャラクター造形の例は、同じくシャフトが手がけたテレビアニメ『RWBY 氷雪帝国』(2022)にも見出せる。同作のアニメオリジナルキャラクター「シオン・ザイデン」は、名前の通り紫苑(淡い紫の花が特徴のキク科の多年草)の色を基調とした中性的なデザインを特徴としており、元宝塚歌劇団の男役であった七海ひろきが声優として起用されているのだ。さらに七海は『美少年探偵団』に登場するミステリアスな女性・麗を演じていることも見逃せない。

 ノンバイナリーのプライド・フラッグの4色のカラーは、眉美を構成する色そのものである。この配色はあまりにも示唆的かつ象徴的だが、とはいえこの4色は最初から眉美のカラーとして設定されているわけではない、ということを正しく押さえておく必要がある。つまりこの4色は、ピアスの星の黄色が加わることではじめて完成する配色なのだ。紫の髪と眼、白い瞳、黒い睫毛、そして黄色の星のピアスによって完成する4色は間違いなく、ノンバイナリーのプライド・フラッグを象徴しているのである。

 このような観点から本作を振り返ったとき、無数とも言えるカットにノンバイナリーの意匠が忍び込ませてあることに気づくはずだ。例えば、眉美が美術室でティーカップを手に取っている主観風のショットを見てみよう[図8]。ともすれば見過ごしてしまいそうなこうした日常的なカットにおいても、まるでプライド・フラッグの配色をなぞるかのように、画面内には4色のカラーが鮮やかに映し出されている。

図8:『美少年探偵団』8話「押絵と旅する美少年 その1」
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

 本作では眉美の星のピアス以外にも、黄色が作品のキーカラーとして至るところに映し出されている。それは美少年探偵団が拠点とするきらびやかな美術室を見れば、たちどころに理解できるだろう。

 実を言えば、星のピアスに関する描写は全12巻の小説の文面では一度たりとも触れられておらず、キャラクター原案のキナコによる挿絵にのみ描かれる意匠に過ぎない。しかしこれまで見てきたように、アニメ化によってひときわ輝くこの星のピアスこそ、眉美を眉美たらしめているものなのである。

子供の遊び

 ここまで眉美をノンバイナリーな主人公として読み解いてきたが、これは単に細部の意匠だけではなく、作品全体のテーマにも深くかかわっている。そのテーマとは、美少年探偵団の活動を評して言われる「子供の遊び」に関するものだ。これはテレビアニメの最終章として描かれる「D坂の美少年」編で中心的に扱われることになる。

 「D坂の美少年」編は、生徒会長・長広の後任を決める生徒会選挙をめぐるエピソードである。副会長の長縄和菜は次期生徒会長の最有力候補と目されていたが、D坂で轢き逃げに遭い入院してしまう。そこで長縄の代わりに眉美が立候補することになったものの、しかし長縄の轢き逃げは単なる事故ではなく、対立候補を排除するために仕組まれたものだった。

 D坂での轢き逃げ犯を追う中で、眉美と長広は学の兄──美少年探偵団の創設者にして元生徒会長の双頭院踊に会いに行く。長広は踊に選挙の応援依頼をするのだが、そこで眉美は元団長の「普通さ」に驚く。「美談のオドル」こと踊は、かつて伝説的な生徒会長として名を馳せていたが、高等部に進むと一切の活動をやめてしまったという。踊は選挙の応援を引き受けつつも、長広に対し「そろそろ子供の遊びも卒業しろよ」とアドバイスする。

 「子供の遊び」という突き放した言葉は、どこか現実離れしていた美少年探偵団の物語を一気にこの現実と地続きの、よくある思春期の気の迷いへと折りたたんでしまう。踊は中等部時代の「子供の遊び」を卒業して、社会規範を内面化した「大人」になったのだ。このやりとりが交わされる一連の場面は、実写の画像をレタッチしたような質感で背景が描かれており、3DCGを多用した美少年探偵団のきらびやかな美術室とは正反対の表現手法が採られている[図9]。つまり、ここで述べられている「子供の遊び」とはいわばアニメーションそのものであり、踊の台詞はその意味でメディア批評的な言辞でもあるのだ。

図9:『美少年探偵団』11話「D坂の美少年 その2」
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

 踊の言葉を聞いた眉美は自問自答する。「成長、進化、更生、爛熟。クズはともかく、男装のほうは、高校2年生になって、まだしているとは思えない……」「期間限定であり、刹那的であり、それこそ子供の遊びである。いつか必ず卒業することになるお遊戯だ」と、自身の男装についても葛藤を強いられるのである。

 そして無情にも、踊の忠告は現実を突きつけるように的中してしまう。生徒会選挙をめぐる事態はさらに深刻化し、今度は眉美までもが轢き逃げに遭いそうになるのだ。これまで美少年探偵団が扱ってきた「事件」は、ささやかな遊び心の延長にあるようなものだった。しかしD坂での轢き逃げは、はじめから純然たる悪意が込められた「殺人未遂」であった。

 そこで学はついに、今回の事件から手を引くことを提案する。美少年探偵団は身命を賭してまでやることではない。こうして兄の言葉をなぞるように自分たちの活動が「子供の遊び」であることを認め、そこから卒業しようとする。

 団長の常識的な諦念を受け入れ、敗北を認める美少年探偵団のメンバーたち。しかし眉美の出した答えは違った。「うううん、やめない。絶対やめない。こんなのは子供の遊びなんだから──だから、ここではやめられない」「ここでやめたら美しくないし、少年でもないし、探偵でもない──そして何より、わたしたちじゃない[図10]。眉美の決意は、踊の考え方に真っ向から反対するものであった。

図10:『美少年探偵団』12話「D坂の美少年 その3」
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

 「子供の遊び」だからこそやめられない、やめるわけにはいかない──。それはすなわち、規範的な大人になどならなくてもいい、ということだろう。眉美のこの考え方は、踊が「子供の遊び」からの卒業を促すのとは正反対である。もしかすると将来的には眉美たちも「大人」になるかもしれないし、ならないかもしれない。だがいずれにせよ、それは「今」ではない。そう力強く言い放つ眉美の表情や涙の過剰なほどのデフォルメ、そしてどこからともなく差し込まれる物理法則を無視した非科学的な光の散乱……これらはまさにアニメ的表現そのものであり、先の実写映像を加工したような踊のシーンと鋭い対照をなしている。さらにはその演劇的な身振りにも同じことが言える。自然な身体動作からは程遠い、極度に芝居がかったアニメーションは眉美の全存在を、そして「子供の遊び」としてのアニメを肯定するものなのだ。

 眉美の台詞は同時に、男装をする自分自身への問いに対するアンサーでもある。「学ぶなら美しさから、でしょ。常識よりも良識よりも、美意識でしょ」「お姫様じゃない。わたしも美少年だ」。自らをあえて「美少年」と位置づける眉美の自信にあふれた言葉は、『美少年探偵団』という作品全体を象徴するものである。そしてその左耳にさりげなく、しかし確かな存在感を持って輝く星のピアスがあの誇り高い4色旗をはためかせるとき、そこに込められた意義はもはや誰の目にとっても明らかだろう。眉美が葛藤の末に出した結論、それは映像と物語の両方からクィア・アニメーションを祝福する高らかな宣言であり、美学である。

 かくして選挙当日。眉美の応援演説に駆け付けたのは、もともと予定されていた現生徒会長の長広ではなく、またしても美少女に扮した学であった。学は言う──「外面や背面に惑わされず、綺麗事や理想論に紛らわされず、本人を見ることができるってことを、本当を見ることができるってことを、目にもの見せてやれ!」。変声期前のボーイソプラノを張り上げながら、全校生徒の前で語りかける学の言葉はむろん、われわれ視聴者に向けられたものでもあるということは、いまさら確認するまでもないはずだ。

エピローグ

 ここまでわれわれは『美少年探偵団』をクィアな作品として読み解いてきた。すでに見てきた通り、眉美というキャラクターには「男装」にとどまらず、配色をはじめジェンダークィアなモチーフがちりばめられており、こうした観点を抜きに本作の真価を見極めることはできない。

 とはいえ、本稿では主として眉美の男装に注目して論じてきたため、この作品を彩る他の様々な細部については十分に言及することができなかった。例えばオープニングの冒頭では、美少年探偵団のメンバーがクロースアップで順番に映し出されると同時に、おそらくは美術室の扉を開けようとしている眉美の手元のショットが2カットほど差し込まれている。この描写はさしあたり、眉美と新しい仲間たちとの出会いを意味するものだが、同時にいわゆる「クローゼット」──セクシュアル・マイノリティが自身の性的指向を公表していないこと──の表象として解釈できない理由はひとつもない。

 あるいは、眉美の「クズ」的な側面に焦点を当てることもできる。西尾作品の例に漏れず、本作もまた饒舌にしゃべり倒す主人公の一人称視点の語りが前景化しており、自他ともに認める眉美のひねくれた性格が強調されている。こうした語りの手法は読者/視聴者との安易な同一化を拒み、ある種の距離感を生み出すことになるのだが、このことが作品に与えている相対化の機能などは十分検討に値するだろう。

 『美少年探偵団』はクィアな描写にあふれている。そしてそれは決してフィクションという枠組みのなかにとどまるものではない。学が正しく言い当てたように、虚実が絶えず入り混じるこの世界において、われわれもまた「本当を見ることができる」かどうかが問われているからだ。『美少年探偵団』が掲げる美学は、まさにこうした実践的な試みとして理解されなければならないのである。

(始)

著者

あにもに animmony

アニメ制作会社シャフトの作品が世界で一番好き。シャフトに関する論考を集めた合同誌『もにも~ど』を作っています。きっと見に来てくださいね♪

Twitter:@animmony

Blog:もにも~ど

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関連リンク

脚註

  1. 西尾維新『美少年探偵団 きみだけに光かがやく暗黒星』、講談社、2015年、253頁。 ↩︎
  2. このことは映画『傷物語』(2016–17)の来場特典として配布された〈物語〉シリーズとのコラボ小説『混物語』「第眼話 まゆみレッドアイ」を参照すると分かりやすいだろう。 ↩︎
  3. 西尾維新『クビツリハイスクール 戯言遣いの弟子』、講談社、2002年、16頁。 ↩︎
  4. さらに、テレビアニメ化されてはいないものの「美少年シリーズ」の第9作目にあたる『美少年M』では、私立アーチェリー女学院という女子校が登場する。この学校は「古き良き時代の大和撫子」を育成するという旧態依然とした方針を掲げている。そのため眉美は「女装」してこの学校に潜入するのだが、しかし校内の学生は一人残らず「男装」をしていることが判明する。ここにも、本シリーズのジェンダーに対する強い関心がうかがえるだろう。 ↩︎
  5. 『美少年探偵団』Blu-ray 第3巻 特製ブックレット「音楽 太田雅友×EFFY インタビュー」。 ↩︎
  6. 『美少年探偵団』電撃オンライン「村瀬歩&坂泰斗インタビュー後編」。 ↩︎
  7. エリス・ヤング『ノンバイナリーがわかる本 ──heでもsheでもない、theyたちのこと』、上田勢子訳、明石書店、2022年、40頁。 ↩︎
  8. ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル 新装版 フェミニズムとアイデンティティの攪乱』、竹村和子訳、青土社、2018年、242頁。強調は引用者。 ↩︎
  9. 本作の監督を務めた大谷肇がその後、ジョージ朝倉のバレエ漫画を原作とする『ダンス・ダンス・ダンスール』(2022)の「バレエ演出」を担当したことも実に示唆的である。 ↩︎
  10. 小説では眉美が美少年探偵団に加入する際に「断髪をした」という記述があるが、テレビアニメでは該当箇所のモノローグがカットされているため、断髪したのかウィッグのままなのか判断がつかなくなっている。ただし「ぺてん師と空気男と美少年」編では、髪飾中学校でひそかに開催されているカジノ「リーズナブルダウト」に赴くために眉美が髪を短く切る描写があるので、結果として断髪が描かれることになる。なお、このような髪型の変更もまた、きわめて正統的な「西尾維新型主人公」の特徴と言えるだろう。 ↩︎
  11. 西尾維新『美少年探偵団 きみだけに光かがやく暗黒星』、236頁。 ↩︎

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