高難度の名作ゲームをいくつも送り出してきた制作会社、フロム・ソフトウェア。とくに『ブラッドボーン』はストーリーの難解さで知られ、多くのプレイヤーの頭を悩ませてきた。しかしそこには認識や言語化をめぐる「誤解」がある、とkarimikarimi/046は指摘する。『ブラッドボーン』は実はシンプルでわかりやすい作品だというのだ。批評/文芸同人誌『未完了域』第3号(2025)所収の論考を改稿のうえ、往年のSF作品との比較を通じて明らかにする。
文:karimikarimi/046
『ブラッドボーン(Bloodborne)』は2015年に発売された、ソニー・コンピュータエンタテインメントとフロム・ソフトウェアの「宮崎チーム」による共同開発の名作ゲームである。
フロム・ソフトウェアの現社長・宮崎英高率いる宮崎チームといえば『デモンズソウル』『ダークソウル』『エルデンリング』などの高難度ゲームを次々と送り出し、いわゆる「ソウルライクゲーム」というジャンルを生み出したことでも知られる。なかでも『ブラッドボーン』は「ストーリーが難解」と指摘されることが少なくない。
ストーリーについてはやっても分からない。設定が難解だけならまだしもストーリーがわからないのは異常事態です。何だそれって感じですが経験者の方には伝わるはずです。ある意味で消化不良なんです。謎が多くストーリーを理解することすら難しいBloodborne〔⋯〕1
・難解すぎるストーリー
プレイヤーは狩人となって、こういった化け物を狩りながら、この獣の病の原因を突き止めるために戦うことになる。ざっくりこんな感じのストーリーなんだけど、まあ分からない。プレイした後に「あれは何だったんだ?」と疑問に思ったのはきっと俺だけじゃない。
とにかく途中から何のために戦っているのか分からなくなる。次にどこに行くのかすらまともに説明が無いから、道に迷って道中の敵を狩っているうちに、この戦いの目的すら忘れてしまっていた。2
しかしながら、筆者は『ブラッドボーン』のストーリーについて、むしろシンプルでわかりやすいと考えている。本稿は、本作が難解であるという誤解を解くことを目的としている。
本稿ではまず『ブラッドボーン』のストーリーを解説し、いかにシンプルでわかりやすいかを示す。その上で、本作のストーリーが難解と言われがちな理由について考察する。
次に、本作を理解するための補助として、類似した構造を持つ映画『2001年宇宙の旅』について解説する。最後に、本作の理解に役立つさらなる補助として、いくつかの関連情報を提示する。
『ブラッドボーン』のストーリー
『ブラッドボーン』のストーリーはいたってシンプル。人間が上位者(人間よりも上位の存在)と邂逅し、人間以上の存在に進化する話である。
作中のすべての不可思議は上位者によるもの。
人間の目的は、上位者に近づくことである。
上位者の目的は、子をなすことである。子をなすとは、人間と邂逅し、新種を生み出すことである。
月(上位者)は卵子のメタファーであり、狩人は精子のメタファーである。両者が邂逅し、人間以上の新たな存在に進化した赤子が生まれて物語は幕を閉じる。
実にシンプルでわかりやすいストーリーである。


©2015 Sony Interactive Entertainment Inc. Developed by FromSoftware, Inc.
なぜ難解だと言われるのか?
それはひとえに抽象度の高さを難解さと混同しているのだと思う。言い換えると、作品読解とは具体性をもって認識し、また言語化することである、という誤った信念を暗黙のうちに抱いているためではないか。つまり、抽象美術(abstract art)的な様式に対して、具体的な内容を想定してしまう心構えの齟齬である。
具体的に描写できず、また言語化できないからこそ、この世界にはあえて抽象度を高く表現しているものがある。それに相対したとき、具体的に認識できず、また言語化できないのはそのように意図して作られているのだから当然である。むしろ、具体的に認識できず、また言語化できないと感じたのであれば、それは十分にその作品を理解しているということにほかならない。
逆に言うと、意図的に抽象度を高く表現しているものに対して、無理やり具体的な何かを当てはめ、また言語化しようとすることは、せっかく抽象化された作品の価値を削ぎ落としてしまう。抽象的に作られていることが明らかならば、それはすなわちシンプルでわかりやすいと筆者は考える。
これを踏まえ、改めて『ブラッドボーン』について考えてみよう。なお多くの場合、作品には具体的な部分と抽象的な部分が混在している。本作も例外ではない。本作の具体的な部分に関しては、上述のストーリー解説の通りわかりやすい。さらに抽象的な部分(詩的なフレーバーテキスト/悪夢/狩人の夢/宇宙/空/瞳/深海/超次元暗黒/超越的思索など)に関しても、具体的には認識できず、また言語化できないことが自明であり、これもまたわかりやすい。
本作の抽象的な部分としては、例えば以下のような台詞が挙げられる。
The cosmos, of course!
(宇宙よ!)Let us sit about, and speak feverishly.
(やがてこそ、舌を噛み、語り明かそう)New ideas, of the higher plane!
(新しい思索、超次元を!)
これらが具体的に認識できず、また言語化できないものであることは明白であり、本作をプレイするうえでも障害にはならない。このように『ブラッドボーン』は具体的な部分と抽象的な部分のどちらもわかりやすい作品である、というのが筆者の見解である。これは、往年の名作映画『2001年宇宙の旅』でも類似した構造を見ることができる。
『2001年宇宙の旅』との類似性
1968年に公開され、世界を驚愕させたキューブリック監督の『2001年宇宙の旅』。説明が足りないからこそ宇宙への畏怖を僕は実感した3
台詞や説明を極力省き、視覚表現で観客の意識に訴えるという作風は極めて斬新であった。映像のクオリティーや「人類の進化と地球外生命の関係」という哲学的なテーマを賞賛する声の一方、抽象的な内容や非常に難解な結末を批判する意見もあり、賛否の渦が巻き起こった。4
1968年公開の『2001年宇宙の旅』は、スタンリー・キューブリックが監督を務め、アーサー・C・クラークと共同で脚本を手がけたSF映画である。
難解と言われがちな『2001年宇宙の旅』のストーリーも、『ブラッドボーン』と同様にシンプルである。人間が上位者と邂逅し、人間以上の存在に進化する話である。上位者の描き方こそ大きく違うものの、両作品にはよく似た構造が見られる。
木星(上位者)は卵子のメタファーであり、宇宙船は精子のメタファーである。これらが邂逅し、人間以上の新たな存在(スターチャイルド)に進化した赤子が生まれて物語は幕を閉じる。

©2001 Turner Entertainment Co. and Warner Entertainment Inc.
『2001年宇宙の旅』において、スターチャイルドに進化する場面はきわめて抽象的に描かれる。これは人間を超えた、上位者に近い新たな存在の知覚や感覚を表現しているためだ。具体的に描写できず、また言語化できないからこそ、あえて抽象度を高く表現しているのである。したがって、人間(視聴者)がこれを具体的に認識できず、また言語化できないのはそのように意図して制作されているのだから当然である。むしろ、それを認識したうえで映像を見て感じたものこそが、この作品の価値にほかならない。
繰り返しになるが『ブラッドボーン』は、人間が上位者と邂逅し、人間以上の存在に進化する話である。つまり『2001年宇宙の旅』と同様に、上位者に近い人間以上の新たな存在の知覚や感覚を表現する意図がある。人間(プレイヤー/視聴者)がこれを具体的に認識できず、また言語化できないのはそのように意図して制作されているのだから当然である。むしろ、それを認識したうえでゲームをプレイして感じたものこそが、この作品の価値にほかならない。
結局のところ、フロムソフトウェアの他の作品でもそうであるように、このゲームの表現の奥にあるテーマ自体には、はっきりとした答えは提示されません。それはこうしたテーマというもの自体がある種の哲学的な問いであり、それらを問われ続けることそのものが価値を持つからなのかもしれません。5
つまり、なにが言いたいのか?
「わからない(具体的に認識できず、また言語化できない)」と理解できた時点で、わかっている。それは難解なのではなく、抽象度が高いのである。
重要なのは、無理にこじつけて具体化しようとせず、抽象的なものを抽象的なままに受け止めることである。そのためには、自分の「わからなさ」を素直に受け入れる心構えが必要になる。それこそが作品への、ひいては世界への新たな知覚や感覚の扉を開いてくれるだろう。
本稿の中心的な主張はここまでである。以降は『ブラッドボーン』のさらなる理解に役立つと思われる関連情報をいくつか提示する。
関連情報(1)エンディングの名前
・エンディングは3つ
マルチエンディングではあるものの、そのどれにおいても難解かつ説明がない。間違っても理解ができるなんて思ってはいけない。6
『ブラッドボーン』のエンディングは3つある。
Aエンド:ヤーナムの夜明け
Bエンド:遺志を継ぐ者
Cエンド:幼年期の始まり
SFファンなら、このエンディングの名前でいくつかの作品を連想することだろう。
Aエンド:ヤーナムの夜明け
『2001年宇宙の旅』の第一部「THE DAWN OF MAN(人類の夜明け)」。上述の通り『ブラッドボーン』と類似している部分がある。
また、SF作家オクティヴィア・E・バトラーの『Lilith’s Brood』(Xenogenesis三部作)の第一部「Dawn(夜明け)」を連想する人もいるだろう。同作もまた人間が上位者(オアンカリと名乗る異星の生物)と邂逅し、人間以上の存在に進化する物語である。ちなみにバトラーの有名な作品『血を分けた子ども』は、人間が上位者の子供を孕む話であり、やはり『ブラッドボーン』と類似している部分がある。
彼らは、交易 trade と称して、他の生物と遺伝情報を交換し、混血を行ってゆくことでしか種族を維持できない。他者の遺伝情報の収集欲は、彼らの性欲そのものとして描かれている。したがって、彼らは、他者とのちがいを恐れる人類とは対照的に、差異を愛でる考え方をすべての基礎に置いている。なんでも、オアンカリに言わせると、地球人というものはきわめて興味深い致命的矛盾をはらんだ存在なのだそうだ。遺伝情報の中に、高度な知性と原始的なヒエラルキー性向が混在しているからである。7
Bエンド:遺志を継ぐ者
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』(巨人三部作)。言わずと知れた名作SFである。この作品にも木星の衛星ガニメデで肉体構造が地球の水棲生物と相似した未知の知性体(ガニメアン)が登場する。
Cエンド:幼年期の始まり
アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』もまた、人間が上位者(オーバーロード/オーバーマインド)と邂逅し、人間以上の存在に進化する物語である。
関連情報(2)青ざめた血(青い血)
「青ざめた血」を求めよ。プレイヤーがゲームを始めてキャラクターを操作した際、一番最初に目にするメモである。これもまた、難解であると指摘されることが少なくない。しかし、これも上述のストーリーと同様に難解ではない。

©2015 Sony Interactive Entertainment Inc. Developed by FromSoftware, Inc.
Bloodborneのストーリーなどと言いましても
「獣を狩っていたと思ったらいつの間にか触手だの虫だのを殺すことになって、気づいたら月から降りてきた何かに抱かれて終わっていた」
それが大体の人の初周の感想だろうと思います
最初にあった意味深なメモ、青ざめた血とやらも獣狩りの夜とやらもさっぱりのまま、何が何やらわかりません8
初めに、SFの文脈を前提とする場合を考える。この前提に立脚すると「青い血」が宇宙人(上位者)およびそれに遭遇した人間を示すことは改めて言うまでもない。
「青い血」という概念は映画「ブルークリスマス」にて登場するものである。この「ブルークリスマス」ではUFOに遭遇した人間の血が青くなるという演出がなされる。
アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」にも宇宙人が襲来したときの識別指標として「BLOOD TYPE BLUE」がある。これは先述の映画「ブルークリスマス」の英題/副題である。9
次に、SFの文脈を前提としない場合を考える。このとき、「青い血」が一般に示す象徴的な意味は次の通り知られている。
海洋生物(節足動物、軟体動物)
宇宙人(上位者)
怪人
貴族
ヘモグロビンには鉄分が含まれており、これが赤い色を出すのだが、鉄分の代わりに銅を用いたヘモシアニンを用いる場合、その血液の色は青となる。
そういう血を持つ例としては、エビなど節足動物や、イカなどの軟体動物がある
〔⋯〕
創作においては宇宙人・怪人に見られるが、上記の銅が含まれるといった理由ではなく単に異質である、不気味であるという印象付けの演出目的で採用されることが大半である。
〔⋯〕
また、英語の“blue blood”など西洋諸語では「血筋が良い、貴族」といった意味を持つが、これは「静脈(青い血管)が透けて見えるほど白い肌=(肉体労働の必要がない)高貴な人」という考えから来たもので、銅の含まれた血液とは関係がない(転じてblueは「インテリである」意味を持つ)。10
『ブラッドボーン』は、進行に応じてこれらの意味を律儀に回収していく。やはりこちらも難解であるどころかわかりやすい。
序盤:怪人(例:ガスコイン)
中盤:貴族(例:カインハースト)
終盤:宇宙人(上位者)(例:ラスボスの月の魔物)
DLC:海洋生物(上位者)(例:漁村のゴース)
この回収は、本作の面白みを生み出すある種のミスリードとしての仕掛けのひとつと言っても過言ではない。すなわち、序盤で怪人と遭遇することでプレイヤーは「なるほど、冒頭の「青ざめた血」とは怪人のことなのか」と考える(最初の発見)。
その後、中盤で貴族と遭遇することでプレイヤーは「なるほど、冒頭の「青ざめた血」とは本当は貴族のことなのか」と考える(ダブルミーニングの発見)。
その後、終盤で宇宙人(上位者)と遭遇することでプレイヤーは「なるほど、冒頭の「青ざめた血」とは本当は宇宙人(上位者)のことなのか」と考える(トリプルミーニングの発見)。
その後、DLC(ダウンロードコンテンツ)の追加シナリオで海洋生物(上位者)と遭遇することでプレイヤーは「なるほど、冒頭の「青ざめた血」とは本当は海洋生物(上位者)のことなのか」と考える(クアドラプルミーニングの発見)。このようにプレイヤーに多重の発見を与えることで、作品体験に面白みを生んでいる。

©2015 Sony Interactive Entertainment Inc. Developed by FromSoftware, Inc.
関連情報(3)ゴシックホラーからコズミックホラーへの変化
ブラッドボーンはゴシックとクトゥルフという二つの側面を持つ
このことはインタビュー(Future Press)において宮崎氏により明言されている
Bloodborneにはゴシックとクトゥルフの両方のホラーの側面があると思いますが、最初から描かれているのは前者であり、ゲームの視覚的な感覚のガイドを提供します。(上記インタビューの翻訳)
このうちゴシックの側面がゲーム上の基盤とされるのは、より現実に基づいているからである
それは、ゴシックホラーがより現実の世界に基づいているためです。(同上)
こうしたゴシック・ホラー的な世界がクトゥルフ的なコズミック・ホラーに侵食されていく、というのがブラッドボーンの物語構造である
※コズミック・ホラーとは宇宙的恐怖を描くジャンルのことで、ラヴクラフト作品に代表される
あなたはそのような世界を持っていますが、それはクトゥルフ風の恐怖によって徐々に侵食されています。そのようなイメージ。(同上)
要するにブラッドボーンの世界では、ゴシックとクトゥルフという二つの世界が存在し、後者が前者を侵食していくのである11
「関連情報(2)青ざめた血(青い血)」で述べた、序盤・中盤・終盤・DLCでのある種のミスリードは、本作の根本的な世界観に関しても同様の構造を持つ。すなわち、本作をプレイヤーが体験するなかで、最初は獣に変身する狼男のような人間と戦うゴシックホラーアクションだと考える(最初の発見)。その後、作品を進めるにつれてコズミックホラーの要素を発見していくという構造である。
このように作中の世界観を大幅に変化させる作品は珍しくない。具体例を2つ挙げる。以下では、それぞれの作品に関する重要なネタバレが含まれるため注意してほしい。
世界観の変化(1)『大貝獣物語』
1つ目の具体例は、1994年のゲーム『大貝獣物語』。
『大貝獣物語』は、途中までは「ドラゴンクエスト」シリーズを彷彿とさせるようなオーソドックスなファンタジー世界のJRPGとして進行する。いわゆる剣と魔法の世界である。しかし、勇者が伝説の剣で魔王を倒したその瞬間、かの有名な「バイオベース」に代表される、SF的な世界に一変する。
闇の力を吸収してその力を増す大魔王ファットバジャー、しかし、ついに伝説の剣の力と勇者たちの勇気が勝り、ファットバジャーは倒れました。
長い戦いの旅が終わったことを知り安堵する火の貝の勇者と仲間たち。
彼らを祝福するように空から白い光が降り注ぎ、その光に包まれてファットバジャーが昇天していきます。そして勇者たちのもとに天からの声が届きました。
──我が名はギャブ・ファー。 宇宙の侵略王!
そう、実はシェルドラドは外宇宙からの侵略者に狙われていて、ファットバジャーが光に包まれて天に昇っていったのはUFOのトラクタービームだったのです!
「な、なんだってー!!」と驚くひまもなくギャブ・ファーのUFOはファットバジャーを収容して飛び去り、地上全体に砲撃を仕掛けました。砲撃の凄まじい威力により大地は裂け山は砕け、幾多の町や村が海の藻屑と消えていきました…。12
数ある鬱展開の中でも後半のステージ「バイオベース」がSFC用RPG屈指のトラウマダンジョンとして後世に残ることに。
ネタバレは避けるが、残酷さ、気持ち悪さ、後味の悪さでは本作のイベントの中でも群を抜いている。
各地からさらわれた人が敵の兵器開発の実験体にされたり、文字通り養分として同化させられる。
同化とは言うが、実態は生物を無理やり植物に変える生体改造で、養分を吸い取られた部分から徐々に植物に侵食されていくという、かなりエグい方〔引用ママ〕やり口である(同基地でのモンスター製造方法も同じ様であり、バイオベース製のヌバチ、バギスは共に植物である)。
しかも、同化直後の繭たちは何らかの麻酔成分が効いているのか、「最初は痛くも痒くも無く、寧ろ快感を感じる」と述べているが、それは最初だけであり、やがて苦痛しか感じなくなり、呼吸をする事すら激痛を伴う(実際、最深部付近で辛うじて意識を保っていた繭は喋る事すら苦しそうであり、何かを話そうとしてショック死する繭もいる)と言う目を覆いたくなる状況になる。13

©1994 HUDSON SOFT ©1994 BIRTHDAY
世界観の変化(2)『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』
2つ目の具体例は、2013年の映画『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』。
『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』は、途中までは典型的なコメディとして進行する。すなわち、大人たちが青春時代のワクワクするあの頃を思い出すという牧歌的な話である。しかし、主人公が酔っ払って他の客を殴りつけたその瞬間、映画『ゼイリブ』を彷彿とさせるSF的な世界に一変する。
中年でアルコール中毒のゲイリーは、社会的に成功した4人の幼馴染たちと20年ぶりに再会し、学生時代に達成できなかった「一晩に5人で12軒のパブで梯子酒」(ゴールデンマイル)という記録に再挑戦することを決め、故郷の街へと戻ってくる。12軒目となるパブ「ワールズ・エンド(英: The World’s End)」を目指して飲み歩きを開始する。少年時代そのままのような言動を見せるゲイリーに友人たちは呆れながらも思い出話に花を咲かせた。
ゲイリーが他の客と喧嘩をした際にその人物がロボット(ヒューマノイド)であることがわかり、さらに街中には他にも多くのロボットが紛れ込み人間を支配していた。14

©2014 Universal Studios.
上記のように、世界観を途中で大幅に変化させる作品は珍しくない。世界観を途中で大幅に変化させる作品において、その変化はいわば見せ場であり、派手に明確にその変化を演出することが多い。その変化は物語構成理論でいえば、起承転結(四段構成)の転であり、序破急(三幕構成)の破だからである。
これを踏まえたとき、『ブラッドボーン』において特質すべきは、その変化の静かさである。『ブラッドボーン』はプレイヤーが自ら発見する(何かに気づき始める)ことを期待した構造になっている。であるからして、本作のゴシックホラーからコズミックホラーへの変化も、派手で明確な演出は存在せず、プレイヤー自身が発見することを期待するように、静かに侵食するように進行していく。
「蒙を啓く」パラメータ
「発見する(何かに気づき始める)」ことは、本作の「啓蒙」という要素にも関連する。「啓蒙」とは、プレイヤーキャラクターのステータスパラメータのひとつ。これは一般的なステータスパラメータ、すなわち体力や筋力や魔力(本作では神秘)とは異なる、一風変わったパラメータである。
「啓蒙」が高まるとさまざまな変化が起こる。例えば、置いてあった人形がひとりでに動き出したり、視認できなかった上位者の存在が見えるようになったり、発狂しやすくなったりといった具合である。
今作における啓蒙も、実際と同様「偏見を捨て理性の範囲で物事を自然に見る」の意味で捉えると分かりやすい。
〔⋯〕
主人公の中にある人の理性の範囲で得られた景色、経験が偏見を捨て(軽減され)〔たことで覆され、本当の世界が〕〔⋯〕少しばかり見えるようになったという意味になる。
〔⋯〕
アイテム〔として登場する〕狂人の智慧は、いわゆる狂人が得ていた知識である。
それを使用すると啓蒙を得るという現象はすなわち、知識を獲得したことによる偏見の軽減化が発生しているため。
上記の啓蒙を獲得する状況は全て「知る」ということが関係しており、目や耳、そして脳で捉えたものを受け入れることによって自己完結していた真実を本当の真実に近づけさせる。
〔⋯〕
狂人の智慧は知るための知識を与えるものである。
しかし人の知識では説明できない存在、上位者や悪夢の存在などが作中多く存在し、そしてそれが真実であるとなっているため、尋常ならざる真実を知ってしまった高啓蒙状態は、多くの知識を基に人とは遠い思考を持ってしまう〔⋯〕人としての認識能力を超えてしまっている〔⋯〕と考えることができる。
自らのキャパシティを超えた思考で脳が悲鳴を上げることが、啓蒙と発狂の関係ではないだろうか。15
繰り返しになるが『ブラッドボーン』は、人間が上位者と邂逅し、人間以上の存在に進化する話である。つまり、プレイヤーキャラクターの「啓蒙」が高まるにつれて、上位者に近い、人間を超えた新たな存在の知覚や感覚を得て、世界の真実に近づいていく。プレイヤーに世界観の変化を徐々に発見させることによって、人間以上の存在の知覚・感覚への拡張をゲーム体験に翻訳している、というのもひとつの見方である。
関連情報(4)難易度は高い
ストーリーは難解ではないが、難易度は高い。ちょっと信じられないぐらい高い。『エルデンリング』『ダークソウル(1〜3)』『デモンズソウル』は特別に難しいと筆者は思っていないが、『ブラッドボーン』に関しては、作った人たちは本当にどうかしているんじゃないかと思うぐらいに難易度が高いと思っている。
難しすぎて詰んだ、そして積んだ
〔⋯〕
無理だわ。積んだわって思い、そこで心折れました。16
容赦なくプレイヤーに襲いかかる高い難易度
このゲームをプレイしてまず感じるであろうことは“プレイヤーキャラがもろい”ということ。いわゆるザコ敵が相手でも、何度か攻撃を受けただけであっさりとやられます。しかも本作では複数の敵と戦わざるを得ない場面も多く、ゲームを初めてから数時間は数えきれないほど死んでしまいました。17
なぜこれほど高い難易度に設定されているのだろうか。
受精には、数億個の精子の中から卵子に到達するわずかな精子だけが選ばれる過酷な道のりがある。月(上位者)は卵子のメタファーであり、狩人は精子のメタファーである。数多の精子が死ぬ過酷な道のりを、数多の狩人が死ぬ過酷な道のりで示す意図
上位者に近い人間以上の存在になるための相応の試練(通過儀礼)を過酷な道のりで示す意図
上位者に近い人間以上の存在の知覚や感覚への拡張をゲーム体験に翻訳した結果生まれた、認知的な破綻を示す意図
神話的な理不尽性を示す意図
などなど、極端な高難度の理由にはいろいろな見方がある。「キングスフィールド」シリーズなどに鑑みると、特別な意図はなく、フロム・ソフトウェアというメーカーのゲーム制作上の手癖である、というのもひとつの見方である。
おわりに
『ブラッドボーン』をプレイ済みで、ストーリーが難解だと思っていた読者に対しては、本作が実はわかりやすい作品であると伝われば幸いである。また、本作を未プレイの読者に対しては、本稿を通じて少しでも作品に興味を持ってもらえたら幸いである。
ぜひあなたも『ブラッドボーン』をプレイして、啓蒙を上げ、見えなかったものが見えるようになってほしい。
著者

karimikarimi/046
karimikarimiです。046です。姓(上の名前)がkarimikarimiで名(下の名前)が046です。
好きなフロムゲーは『エターナルリング』です。初めて遊んだフロムゲーは『キングスフィールド2』です。
Twitter(自称):@karimikarimi
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特集:ベイビーのいる生活/SF
批評の裾野をどこまでも広げていくことを目的とした、新時代の批評/文芸同人誌。ここに眠る新しい可能性を、未踏の「領域」へと分け入る楽しさを体感せよ。
橙木ライト/志津史比古/ねりま/城輪アズサ/舞風つむじ/籠原スナヲ ほか
すぱんくtheはにー編
A5版・252頁
2025年11月23日発行
詳しい紹介はこちら!
脚註
引用文中の亀甲括弧〔 〕内は引用者による補足、下線は編集部による強調。なお引用文中の半角記号は全角に、ピリオドは句点に改めた。
- まさい「Bloodborne 雑記 なぜBloodborneのストーリーは難しいのか」、note、2020年5月13日。 ↩︎
- 「【「Bloodborne」レビュー(ネタバレ)】抜群の世界観と血に酔う極上の死闘。」、GAME&LIFE、2023年9月15日。 ↩︎
- 森達也「私的映画論:抽象的で理解の難しい『2001年宇宙の旅』が世に残り続ける理由」、ニューズウィーク日本版、2025年8月21日。 ↩︎
- 「2001年宇宙の旅」、Wikipedia。 ↩︎
- 金呼静「ブラッドボーンと西洋文化の血脈 7」、note、2022年6月11日。 ↩︎
- 前掲「【「Bloodborne」レビュー(ネタバレ)】抜群の世界観と血に酔う極上の死闘。」。 ↩︎
- 「ブックレヴュー:《異種創生 Xenogenesis 》三部作」、A Ray of Hope 冬樹蛉のページ、初出:『NOVA MONTHLY 21号』( JULY 1993)。 ↩︎
- 天地日月「今更考察するBloodborne「青ざめた血を求めよ 狩りを全うするために」について」、note、2021年10月7日。 ↩︎
- 「青ざめた血」、Bloodborne設定考察 Wiki。 ↩︎
- 「青い血」、ピクシブ百科事典。 ↩︎
- 「Bloodborne 手記3 物語の構造」、ソウルの種、2019年10月24日。 ↩︎
- 「大貝獣物語」、ストーリーを教えてもらうスレ暫定Wiki。 ↩︎
- 「大貝獣物語」、ゲームカタログ@Wiki ~名作からクソゲーまで~。 ↩︎
- 「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」、Wikipedia。 ↩︎
- 「啓蒙」、Bloodborne設定考察 Wiki。 ↩︎
- akari78pi「【ブラッドボーン】難しすぎて萎えた初心者へ魅力と攻略法を伝えたい」、note、2021年4月4日。 ↩︎
- る〜ぱ「『Bloodborne(ブラッドボーン)』レビュー! 高難易度が生み出すアクションの手ごたえや死闘感をお届け」、DENGEKI ONLINE、2015年3月26日。 ↩︎

