ポピュラー音楽のなかでも自己を表現する音楽を独自に「私的音楽」と名づけ、美学や社会学といった観点から探究している「私的音楽同好会」。 アニメなどのキャラクターソング(キャラソン)もまた、キャラクターが自己表現を行う私的音楽のひとつに数えられる。 いまだ論じられる機会の少ない音楽ジャンルだが、キャラソンにはどのような面白さがあり、そしてアニメ本編の物語やキャラクター、リスナーとどのような関係を結んできたのか。 同会が2023年12月に刊行した『声色』Vol.01(特集:キャラクターソング)より、キャラソンに親しんできた20代の愛好家4名による座談会「アニメが好きな私たちは、なぜキャラソンを聴くのか」を改題してお送りする。
話:ふとん × nazca × 舞風つむじ × I.H.
構成:I.H.(私的音楽同好会)




はじめに
I.H. 本日はキャラソンを愛好するアニメ好きの方々にお越しいただきました。 一般的にキャラソンについて語る機会自体が珍しいと思いますので、アニメを見るなかでキャラソンを聴く理由や、キャラソンの聴き方などについてうかがえたらと考えています。
私が主宰する「私的音楽同好会」では、自己表現する音楽を議論するなかで、アニメなどのキャラクターが内面を吐露するような曲に注目してきました。 一般的にキャラソンといえば、個別のキャラクターを取り上げた従来のキャラソンのほか、キャラクター名義で歌われるアニメのOP・ED曲や劇中歌、それに作中に登場するバンドやアイドルグループの曲など、さまざまなタイプがあります。 今回はこれらすべてを「キャラクターが歌う曲=キャラソン」と捉えたうえで、そのバリエーションについても話のなかで触れていきたいと思っています。
ふとん それでは、まず自己紹介から始めましょうか。 僕はふとんと言います。 今回はI.H.さんと共同で進行役を務めます。 よろしくお願いします。
nazca nazcaと言います。 「萌研」という同人サークルを主宰して、ブログや同人誌を制作しています。 よろしくお願いします。
つむじ 舞風つむじと申します。 普段は「早稲田大学負けヒロイン研究会」というサークルをやっています。 今回はI.H.さんにお呼ばれして参加させていただいています。 よろしくお願いします。
I.H. I.H.と申します。 昔からアニメが好きというわけではなく、積極的にアニメを見るようになったのは秋葉原に地縁ができた2021年からです。 もともと音楽が好きで、キャラソンって魅力的で面白いなと思っています。 本日はよろしくお願いします。
ふとん 今回は「思い入れがあるキャラソン」「一番聴いているキャラソン」「劇中歌のキャラソン」「2020年以降のキャラソン」という4つのテーマを用意しました。 このテーマに沿って話をしながら、「なぜキャラソンを聴くのか?」という問いに迫っていけたらと思います。
思い入れがあるキャラソン
キャラクターが“歌う”衝撃
ふとん まずは「思い入れがあるキャラソン」について話していきましょうか。 自分の場合は、幼少期に見たアニメ『ポケットモンスター』(1997–)を思い出しました。 最初のED曲《ひゃくごじゅういち》はオーキド博士が歌っているんですよね。 それが自分にとってのキャラソンの原体験なんじゃないかと思っています。
ただ、『ポケットモンスター』のキャラソン体験と今のキャラソン趣味の間には断絶がありますね。 やっぱり、今の趣味を形成するに至ったのは萌えアニメのキャラソン、具体的には朝比奈みくるの《恋のミクル伝説》が大きいです。 なので、そっちのほうが「思い入れがあるキャラソン」にふさわしいですかね。
恋のミクル伝説 selected by ふとん
『涼宮ハルヒの詰合 〜TVアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」劇中歌集シングル〜』
2006 Lantis
I.H. 『涼宮ハルヒの憂鬱』の有名なキャラソンですね。
ふとん 中学2年生くらいにアニメを見始めたときに、2006年版の『涼宮ハルヒの憂鬱』に手をつけたんですけど、第1話を再生すると、ものすごく素頓狂な歌が流れ出しました。 それがこの《恋のミクル伝説》だったんですね。 ハルヒたちが撮影した映画の挿入歌で、みくるちゃんが全然歌いたくないけど歌っているという設定なので、めちゃくちゃな歌い方をしています。
当時はX JAPANやMetallicaといった、いわゆるメタルをよく聴いてたんですけど、こういうのもありなんだと衝撃を受けました。 そんな経験があって、思い入れのあるキャラソンとして選ばせていただきました。
nazca 《恋のミクル伝説》って、パッと収録した音源をそのまま採用したらしくて、一発録りなんですよ。 声優の生の演技というか、臨場感みたいなものがあって、すごく良いですよね。
ふとん それ、めちゃくちゃわかります。 声優は後藤邑子さんなんですけど、この声優さんは演技がとても上手なんですよね。 キャラクターが慌てる様子や、あどけなさの表現が素晴らしいです。 《恋のミクル伝説》も、持ち前の演技力と一発録りの臨場感で、独特の録音になっていると思います。
I.H. それがメタルなどの音楽と比べて、ある種のカルチャーショックだったわけですね。 自分の場合は、ロック周辺の音楽とアニメを比較する構図はふとんくんと同じなんですが、結論が正反対でした。 自分は『Angel Beats!』(2010)に出てくるGirls Dead Monsterというバンドのボーカルの岩沢が弾き語りしている《My Song》が一番最初に意識的に聴いた曲でした。
現実の人が歌う曲と同じようにキャラクターが歌うこの曲が4話で流れ始めて、アニメのなかでもリアルな曲があってもいいんだ、と衝撃を受けた思い出があります。 中学2年生の春に、兄が録画していたことがきっかけで『Angel Beats!』を見始めた気がしますが、当時は麻雀で遊ぶ程度にはやんちゃなタイプで少年漫画くらいしか読まなかったので、いわゆる萌えアニメは正直よくわからなかったんですよ(笑) そういう環境のもとで、アニメのなかでも本気で歌う岩沢の姿がすごく印象に残っています。
My Song selected by I.H.
『Crow Song』
2010 Key Sounds Label
ふとん 『Angel Beats!』は、脚本を手がける麻枝准さんが曲のほうも作っていて、曲が作品世界に非常にマッチしてますよね。
I.H. うんうん。 当時自分はギターや歌をやってたので、サウンドとしても良いなと思っていました。 当時流行っていた『けいおん!』(2009)も見ていましたけど、放課後ティータイムが歌ったり演奏したりしている感覚は正直なかったんですね。 でも、Girls Dead Monsterは実際に弾いてるように感じられていて、作中の人物描写が厚めだったのもあって、《My Song》を弾き語りするシーンでは一貫性があるなと思っていました。
nazca 《My Song》という名前も、まさにキャラソンって感じのタイトルですもんね。 劇中で歌っているシーンも印象的で、キャラの感情が歌にマッチしている曲です。
つむじ 『Angel Beats!』はそういう演出が上手だった印象がありますね、《一番の宝物》もそうでしたし。
ふとん 僕は中学生の頃に『Angel Beats!』を見たときには、曲と本編の両方にベタに感動させられていました。 I.H.さんは本編よりも曲のほうに集中していたのでしょうか?
I.H. それに関しては、本編にも感動できたからこそ、曲に対するリアリティも感じられたんだと思います。 日向がユイに「結婚してやんよ」と言う場面にも、全然ベタに没頭していました。 やっぱり、アニメを見たうえで曲を聴いている感覚がありますね。
このあたりが、リスナーがキャラソンを受容するうえでの大きな特徴のひとつなのかなと思っています。 もちろん生身のアーティストの曲であっても、その人の人生を踏まえて聴くということは十分あるわけですが、曲よりも先に人生を知るケースは限られています。 キャラソンの場合はアニメ本編というかたちで、キャラクターの物語があらかじめ前面に出ていますよね。
サイドストーリーとしてのキャラソン
nazca 僕は逆に、アニメのストーリーと全然関係ない遊びみたいな部分が結構好きなんですよね。 それで、僕の思い入れがあるキャラソンとして『らき☆すた』(2007)の《ロリィタ帝国ビショージョ大帝》を選びました。
すごく良いタイトルですよね(笑) 内容としてはロリータファッションについて語り続けるものなんですけど、アニメ本編と全然関係のない歌詞になってまして、アニメという枠から離れて、キャラクターを使って遊んでる感じが好きだったんですよね。 遊びとしてのキャラソンの面白さを感じた作品として選曲しました。 あと、素直にオタク臭いタイトルが好きなのもありますね。
ロリィタ帝国ビショージョ大帝 selected by nazca
『『らき☆すた』キャラクターソング Vol.010 胸ぺったんガールズ』
2007 Lantis
I.H. 確かにキャラソンって、音楽でありさえすれば何をしても許される感じがありますよね。 だからこそ遊びも生まれやすいというか。
つむじ 僕もnazcaくんと同じように、作品と全然関係ないキャラソンが好きですね。 僕が選んだ《わたしいろダリア》は2015年春頃に初めて買ったキャラソンで、『きんいろモザイク』の物語には直接関係していないんです。 『きんいろモザイク』にはキャラクターの何気ない一瞬を切り取った、いわば短編集のようなキャラクターソングが多くて、僕はすごく好きなんですよね。 そのなかでも九条カレンが一番好きだったので、今回はこの曲を選びました。
わたしいろダリア selected by 舞風つむじ
『『ハロー‼きんいろモザイク』キャラクターCD Music Palette 3 カレン*穂乃花』
2015 flying DOG
I.H. 短編集という表現は面白いですね。 本編とは必ずしも関係しないサイドストーリーとしての側面は、キャラソンにおける遊びにもつながりそうです。 自分の感覚も似ているかもしれません。 『らき☆すた』の柊かがみが歌う《100%?ナイナイナイ》という曲が好きなんですけど、普段はツッコミに徹してしまう彼女の本音が聴けるところがとても好きなんですね。 本当はこんなこと考えてたんだ、みたいな。
nazca 良いですよね! アニメでは語られない部分をキャラソンで歌っている感じが。
ふとん I.H.さんは同じようなことを、私的音楽同好会の「キャラソン日記」でも指摘していましたよね。 サイドストーリーとしてのキャラソンにはどんな魅力を感じているのでしょうか?
I.H. 本編のストーリーだと、キャラクター同士の人間関係に縛られている印象があるんですね。 他者がいることで、ボケ担当とか、ヒロインとして振る舞わざるを得ないというか……。 キャラソンならひとりで語る機会が与えられるので、キャラの本音が聴けたような気分になって好きですね。 なので、自分はサブキャラのキャラソンを聴くことのほうが多いです。 正直、メインキャラの考えていることはアニメ本編を見ればわかっちゃうので。
nazca それってキャラソンの要素として大きいですよね。
I.H. サイドストーリーと言えば、ドラマCDってあるじゃないですか。 キャラソンと同じくアニメ本編に対するサイドストーリーとして機能している部分があると思いますが、皆さんはドラマCDは好きだったりしますか?
つむじ 僕はすごく好きですね。 キャラソンの短編集的な楽しみ方と似ていると思います。 ドラマCDって、ライトノベルの特典とかに付いてくることが多くて、それをよく聴いてました。 あとは、『ラブライブ!』(2013)のナンバリングシングルに付いているドラマパートもよく聴いてましたね。
nazca 数年前から流行っている音楽中心のメディアミックス系コンテンツだと、ドラマCDが結構付いてますね。 たとえば『ヒプノシスマイク』は曲のトラックのあとに差し込まれたドラマトラックでストーリーが進んでいくかたちになっていて。 キャラソンとドラマCDの距離が近い印象ですね。
つむじ それで言うと、『ストライクウィッチーズ』(2008)にも『秘め歌コレクション』がありましたね。 ドラマパートとキャラソンが交互に収録されていて、すごく好きでした。 キャラソンを歌う経緯を描いたドラマパートが直前にあることで楽曲の背景がより鮮明になって、「キャラクターが歌っている」と実感できる効果があるのかもしれません。
アニメとキャラソンの世界線
I.H. ドラマCDもそうですが、キャラソンってアニメ本編とは違って、基本的には音声だけでキャラクターを表現するものですよね。 なので、話し方と歌い方の一貫性がシビアに問われている印象があります。 皆さんはそういう感覚ってありますか? たとえばキャラの話し方と乖離しないようにあえて下手に歌っているとか……。
つむじ 僕も一貫性があると結構好きですね。 声優の東山奈央さんが演じたキャラのキャラソンを集めたCDを出してるんですけど、キャラごとに歌い方も使い分けられていて、うまいなって思います。 『艦隊これくしょん−艦これ−』のキャラソン《進め!金剛型四姉妹》では、1曲のなかで4役を歌い分けていてすごいです。
『東山奈央 キャラクターソングベストアルバム「Special Thanks!」』
2022 flying Dog
I.H. 話し方と歌い方の一貫性に関して言うと、個人的には “歌わされてる” キャラもいる印象です。 普段はあまり会話が得意ではないキャラが、キャラソンだとスラスラ歌っていたりする場合もあるじゃないですか。
nazca それで言えば、キャラソンをどの世界線で捉えるかが重要ですよね。 キャラクターが歌手として歌っているわけではないとも考えられるはずで、アニメ本編とはまったく別の世界線にキャラソンがあるという見方もできますよね。 物語内のキャラクターがキャラソンを歌って発表しているというよりも、物語は物語として、歌は歌として独立している、という感覚が僕は強いですね。 この捉え方の違いは、キャラソンを聴くうえで面白い点ではないかと思います。
I.H. それは面白いです。 人によって結構違いそう。 自分の場合は、本編とキャラソンの世界線を同じものとして、連続的に捉えてしまいますね。 キャラがどんな場面に行っても、ひとりの人格として統一されている感覚というか……。
つむじ 僕も、歌っていてもキャラクターとしてはぶれてない印象ですね。 カレンのキャラソンで言えば、キャラクターとしては歌っているときも普段と同じだけど、話自体は本編とまったくつながっていない。 二次創作的なものに近いのかもしれませんね。
ふとん 自分の場合も、世界線はあまり意識しないです。
I.H. やっぱり人によって違うものなんですね。 ついでに聞いてみたいんですけど、つむじさんの選曲には東山奈央さんが演じるキャラが多いですよね。 やっぱり東山さんが好きだったりするんですか?
つむじ そうですね。 このキャラとこのキャラの担当声優が同じだな、と初めて認識したのが東山奈央さんだったのもあり、結構好きですね。 東山さんが演じているキャラクターはわりと大体好きかもしれない。
I.H. キャラソンと声優の関係も面白い点ですよね。 声優さんって、ある意味ではキャラクターとキャラクターのあいだというか、複数のキャラクターを貫通するかたちで立ち上がってくる「メタキャラクター」みたいなものだと思うんですが、キャラソンでも声優が前景化することもあると考えていまして。 キャラクターの曲を聴いているんだけど、同時に声優さんの曲を聴いてもいる、みたいな……。 声優という存在の特徴を踏まえることで、キャラソンの延長線上で声優ソングを聴くこともできるのかもしれません。
一番聴いているキャラソン
自然なキャラクターらしさ
I.H. 次のテーマに移りまして、「一番聴いているキャラソン」について話していきましょうかね。
nazca 僕が一番聴いてる曲は、『ゆるゆり』(2010)の赤座あかりが歌う《背景》です。 柊つかさの《寝・逃・げでリセット!》も同じぐらい聴いてるんですが、紹介も兼ねて知名度が低いほうを選びました。 この曲は遊びの部分が面白い曲ですね。 「ひとりコント」とでも言えばいいんでしょうか。
背景 selected by nazca
『ゆるゆりのうたシリーズ♪ 01 私、主役の赤座あかりです』
2011 ポニーキャニオン
I.H. 面白いですよね。 この曲を聴くと、赤座あかりというキャラクターをとても感じますね。 間奏での感謝の言葉が無視されたことに対してツッコミを入れることで、やっと赤座あかりが成立するというか。
nazca キャラクターを前面に押し出したキャラソンですよね。 かなり良いと思います。
ふとん 《背景》もそうですけど、船見結衣の《ごゆるりワールド》も、ツッコミ不在で駆け抜けていくような構成になっていますよね。 聴いている自分たちがツッコミを入れたくなるようなコミカルさは、『ゆるゆり』のキャラソンの良さだと思います。
I.H. 『日常』(2011)のツッコミ役である長野原みおが歌う《ゆっこはほんとにバカだなぁ》という曲も《背景》に似てますよね。 みおのキャラソンなのに、ボケ役である相生祐子について歌う曲で、ツッコミはボケの存在を前提にせざるを得ない点が赤座あかりと似ていると思いました。 アニメ本編でのキャラクター同士の関係性を前提にすることで、音声だけでも効率的にキャラクターらしさを引き立てられるんでしょうね。
ふとん 自分は放課後ティータイムの《ぴゅあぴゅあはーと》をよく聴いていますね。 『けいおん!』1期番外編の「冬の日!」という話で澪ちゃんがひとりで電車に乗りながら曲を聴くシーンがありますが、高校1年生の頃、その真似をして電車で短距離の旅をしながら澪ちゃんの曲を聴いていたんですよね(笑)
ぴゅあぴゅあはーと selected by ふとん
『放課後ティータイムII』
2010 ポニーキャニオン
I.H. 番外編も《ぴゅあぴゅあはーと》も良いですよね、自分も好きです。
ふとん 僕の場合は、放課後ティータイムの曲については、キャラソンとして聴くのと同時に、一般のバンドの曲として聴いている部分があるかもしれません。 『けいおん!』は、放課後ティータイム名義ではない各キャラクター名義の曲も出ていますが、たとえば澪ちゃんの《Heart Goes Boom‼》では、放課後ティータイムの曲とは違って澪ちゃんらしいベース愛が強く表現されているように思います。
I.H. 面白いですね。 個人的には、澪ちゃんはキャラソンで歌ってるよりも、バンドとして歌ってるほうが合っている気がするんですよね。 《Heart Goes Boom‼》には「目立つのはやだけど なんで? 歌作っちゃう」という歌詞があるんですが、じゃあなんで今歌ってんの? と感じてしまって(笑) 澪ちゃんは、律ちゃんたちに背中を押されながらバンドで歌っているほうが自然体なのかもしれません。
ふとん わかります。 作中で出てくる曲は、放課後ティータイムがみんなで歌ってるという名目があるから、聴く側としても入り込みやすいんですよね。 キャラ名義の曲とバンド名義の曲では歌い方が変わっている印象もあります。
I.H. 澪ちゃんはEDの曲も歌っていますよね。 あれは放課後ティータイム名義の曲ですが、作中の曲と違って、また違った格好いい雰囲気がありますよね。
nazca そういう意味では、同じキャラクターが歌っている曲でも、OP・ED曲と劇中歌、それに個別のキャラソンのレイヤーはかなり分かれている感じがありますね。 そこでちょっと不自然に感じられるケースがあるんだとしたら、他のレイヤーでの性格や言動と微妙に不一致が起こっている=キャラクターが揺らいでいる、ということなのかもしれません。 自分はむしろ、そこに遊びの余地があって面白いと思うんですが。
アイドルソング? キャラクターソング?
つむじ 先ほど少し話題に挙がりましたが、僕は東山奈央さんの声が好きなので、『神のみぞ知るセカイ』(2010)の中川かのんの曲もかなり好きなんですね。 キャラソンとしては珍しいんですが、中川かのんは作中でもアイドルという立ち位置なので、アルバムが2枚出ていて合計22曲あります。 今回は、そのなかでも一番好きな《ダーリンベイビ》を選びました。 うまく言葉にできないのですが、耳になじむ感じが好きです。 中川かのんが実際にコンサートで歌っているところが想像できるというか。
ダーリンベイビ selected by 舞風つむじ
『Birth』
2011 ジェネオン・ユニバーサル
I.H. アイドルについて言えば、つむじさんが中川かのんの曲をどのように聴いているか、気になります。 この曲には「あなたに早く会いたい」みたいな歌詞が出てきますよね。 つむじさんの場合は、曲中の二人称を誰だと思いながら聴いてるんでしょうか? 一般的に、疑似恋愛的な感覚でアイドルの曲を聴く人も結構いると思いますが、恋愛系のキャラソンも好きだと以前言っていたので、改めて聞いてみたいと思いまして。
つむじ 中川かのんの曲を疑似恋愛として聴いたことはないと思います。 『神のみぞ知るセカイ』は、主人公がヒロインと恋愛をすることで彼女たちの心の隙間を埋める、というのが基本的なストーリーなのですが、中川かのん編だけは、かのんがアイドルなのに誰にも見てもらえない不安と戦っていて、それを主人公が埋めて支えるというストーリーなんですね。
ただ、かのんは最後に主人公に対して「ひとりのためにずっと歌っても良かったんだよ」と告げて、主人公のもとを去っていくんです。 つまりここでは、かのんは最終的に「恋愛の成就」ではなくて「アイドルとしての自分」を選び取ることで、自分で自分の心の隙間を埋めるんですよね。 作者があとがきで「孤独に負けずアイコンをまっとうする」存在という話をしているのもあって、あまり疑似恋愛っぽさは感じていません。
I.H. なるほど。
つむじ そう考えると、これはあんまりキャラソンらしい聴き方ではないのかもしれないですね。 キャラクターとして歌っているというよりも、「アイドルとしての中川かのん」が歌っている曲として好きなのかも。
I.H. この話は聞けてよかったです! 一般的に、音楽は作品である楽曲を演奏することで成立していますが、演奏の一環としてキャラクターが歌っていたとしても、作品である楽曲の内容によってはキャラソンとは捉えられない、といった議論にもつながりそうです。 アイドルソングは、ステージに立つアイドルとしての姿や匿名の二人称が描かれた楽曲が多く、キャラクター本人に関する描写が少ないですよね。 キャラソンらしくあるためには、キャラクター本人を描いた楽曲である必要があるのかもしれません。
つむじ アイドルに関連したお話になると思うのですが、I.H.さんが一番聴いているキャラソンに挙げていた『ラブライブ! スーパースター!!』(2021–24)の唐可可(タン クゥクゥ)ちゃんが歌う《水色のSunday》をどのように聴いているのかうかがってみたいです。
水色のSunday selected by I.H.
『What a Wonderful Dream!!』
2022 Lantis
I.H. 自分の場合は、唐可可自身が感じているトキメキを自分も感じたいと思って聴くことが多く、キャラソンとして聴いていると思います。 なので、唐可可を外から眺めるように聴いたり、アイドルソングとして聴いたりすることはあまりないかもしれません。
この曲には唐可可が原宿を散歩するトキメキが詰まっていて、自分が散歩するときにはよく聴いていますね。 歌っているキャラと聴いている自分を一体化させるようなイメージで、シンガー・ソングライターも含めた私的音楽は同じように聴くことが多いです。
つむじ なるほど、自分がアイドルとしての中川かのんの曲を聴くケースとは逆なんですね。 同じキャラクターが歌っていたとしても、リスナーの嗜好性によってアイドルソングとキャラソンのどちらを聴くか異なるのは面白いです。
劇中歌のキャラソン
物語に寄り添う歌
I.H. 先ほどまでは、「思い入れがあるキャラソン」と「一番聴いているキャラソン」について話してきました。 次はアニメに特に関連するテーマということで、「劇中歌のキャラソン」について話していきたいと思います。
つむじ 劇中歌を好きになる理由としては、どれだけその作品にマッチしているかが大前提にあると思っています。 そういった劇中歌を出すアニメはバンドやアイドルが主題になっていることも多いですが、そのなかでも今回は昔から好きな『ラブライブ! サンシャイン‼』(2016–17)から、Aqoursの《WATER BLUE NEW WORLD》を選びました。 選んだ理由としては、初めて聴いたときに「この曲だったらラブライブ!の大会で優勝できるな」と納得できてしまったからですね。 この曲以外にも、初代『ラブライブ!』(2013–14)のµ’sの優勝曲も同等だと思いましたし、どちらを選ぶかすごく迷いました。
WATER BLUE NEW WORLD selected by 舞風つむじ
『WATER BLUE NEW WORLD / WONDERFUL STORIES』
2018 Lantis
I.H. アニメのストーリーにマッチしているということで言えば、『ラブライブ!』には他にも多くの劇中歌があると思いますが、優勝した場面の曲を選んだ理由はあるんでしょうか?
つむじ やっぱり、優勝にかかるものがすごく大きかったと思うんですね。 特に『ラブライブ! サンシャイン‼』では、廃校が決定してしまった自分たちの学校の名前を残すために優勝を目指すわけです。 《WATER BLUE NEW WORLD》の歌詞には「ココロに刻むんだ この瞬間のことを 僕らのことを」という箇所があって、劇中歌のなかでストーリーに一番マッチしていて。 確かにこの曲だったら優勝できるし、学校の名前も残せたんじゃないかなと納得できたので、この曲を選びました。
I.H. なるほど。 キャラソンというとひとりのキャラを前提に考えてしまいますが、この曲はAqours全体のストーリーとマッチしてるんですね。
つむじ そうですね、作品のなかで一本筋が通った話の終着点としてこの曲があったと思います。 劇中歌としては一番好きですね。
I.H. ふとんくんも『ラブライブ!』シリーズは好きだと思うんですけど、ストーリーと劇中歌の関連性について思うところはあったりしますか?
ふとん そうですね、たとえばµ’sの《START:DASH!!》は挿入歌として優れているように感じます。 この曲は『ラブライブ!』の1期3話で使われていますよね。 観客が誰もいない最初のライブに花陽ちゃんが来てくれて、それを見た2年生の3人が覚悟を決めて歌うというシーンでした。 歌詞が本編のストーリーとも合っていますし、演出も含めて、キャラクターの決意がよく伝わるシーンとなっています。 つむじさんの言葉を借りれば、「納得できる」という感じです。
START:DASH!!
『ススメ→トゥモロウ/START:DASH!!』
2013 Lantis
I.H. やっぱり場面に合っていることも重要なんですよね。 単純に出来の良い曲を歌えばいい、という考え方の人もいると思うんですけど、ストーリーと一致してることも重要だと。
ふとん その通りだと思います。 同じような「納得できる」曲としては、µ’sが2期12話のラブライブ本戦で歌った《KiRa-KiRa Sensation!》が挙げられますかね。
つむじ 僕も、劇中歌の良さはそこにあると思います。 µ’sの曲そのもので考えたら他にも好きな曲はいっぱいありますけど、劇中歌では《KiRa-KiRa Sensation!》が一番ですね。 劇中歌の場合は、それが流れるときの本編の文脈をどれだけうまく乗せられるか、というのが大事なんでしょうね。
物語を引っ張る歌
I.H. ストーリーとの関連でいえば、nazcaさんが選んだ『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(2021)の曲はどうなんでしょう? ミュージカルみたいですよね。
nazca 『レヴュースタァライト』の劇場版は、テレビアニメ版を踏まえてもう一度戦いを始めて、キャラクター同士のぶつかり合いによってそれぞれの決着をつけていくみたいな話ですよね。 そもそも、僕は『レヴュースタァライト』については、テレビ版よりも先に劇場版を見てしまったんですよね。 まったく事前知識がなかったので、戦いが始まったシーンですごく衝撃を受けたのを覚えています。 だから、一番最初に戦いを始めた大場ななと、そのときに挿入歌として流れていた《wi(l)d-screen baroque》の印象は強烈でした。
wi(l)d-screen baroque selected by nazca
『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト 劇中歌アルバム vol.2』
2021 ポニーキャニオン
ふとん 何も知らずに見たらビックリしますよね。 いきなり剣みたいな武器で戦い出して、歌が流れ出すし。
nazca そうなんですよね。 《wi(l)d-screen baroque》は、ストリングスもかっこよくて、僕はサウンド的にもすごく好きですね。 単純に完成度が高いです。
つむじ イントロが『ポケットモンスターDP』のシロナ戦のBGMみたいですよね(笑) 自分も好きです。 『レヴュースタァライト』の劇中歌は1曲7分とか平気でありますけど、キャラソンだとそういうのは結構珍しいですよね。
nazca ミュージカルみたいですよね。 他のキャラソンとは一線を画してるなと思います。
つむじ そうそう、ちゃんと戯曲っぽい感じ。
ふとん 『レヴュースタァライト』って、テレビアニメでも劇場版でも基本的には対話形式の曲が多いじゃないですか。 そのなかで、大場なながひとりで歌う《wi(l)d-screen baroque》をnazcaさんがあえて選んだ理由をぜひ聞いてみたいです。
nazca 映画を見始めたときの「なんかスゲェことが始まった」みたいな衝撃が大きいですね。 キャラクター同士のぶつかり合いという点で選べば、他の曲になるかもしれません。
つむじ 最初に流れますもんね。 僕はアニメを見てから劇場版を見に行ったんですけど、《wi(l)d-screen baroque》が流れる前にキリンのメダルが転がってきて、電車の発車音が鳴り始めるんです。 そこで「これだよこれ! これが見たいんだよ!」と感じてすごくうれしかったです。
I.H. 『レヴュースタァライト』の曲って、音楽が流れている時間がアニメから独立していないのが特徴的ですよね。 一般的な映画やアニメ内の音楽では、ストーリーが進むなかで、音楽が流れているときだけは音楽独自の時間になって、終わるともとの時間に戻るような表現が多いと思いますが。
つむじ アニメなら新海誠作品とかで多い表現ですよね。 『君の名は。』(2016)で《前前前世》が流れるシーンとか。
I.H. そうですよね。 『レヴュースタァライト』の場合は、ストーリーと地続きに曲があって、曲が流れている間もストーリーが進む点が面白いです。
つむじ たぶん舞台と連動してるからなんでしょうね。 実際に2.5次元的な立ち位置で声優さんたちが舞台をやっていて、普通に曲を流しながら殺陣とかやるので。 アニメもそのリズムでやっているからこそ、似たような感じになってる印象があります。
nazca いわゆるメタフィクションというか、曲中の戦い自体がレビューという劇中劇みたいですよね。 『ラブライブ!』では本編のストーリーが劇中歌に合っていることが大事というお話でしたけど、『レヴュースタァライト』の場合はむしろミュージカル調の劇中歌のほうがメインで、そこに本編を合わせていくような感覚があります。 歌によって本編が動かされて展開していくと言いますか……たぶん音楽に映像を合わせるMVとかに近いですよね。
カラオケやカバーでもキャラソンになる
ふとん 『らんま 1/2』(1989–92)の話もしましょうか。
I.H. そうですね。 今回は劇中歌の種類と年代に幅を持たせたいと思って、早乙女らんまの《夢のBalloon》を選びました。 旧アニメ版の『らんま 1/2』には、1990年に制作された「熱闘歌合戦」というOVAがあり、キャラ総出で歌番組に出るという内容です。 当時はカラオケが浸透し始めていて、普通の人でも歌うことが身近になってきたという時代背景があります。 アイドルやバンドをやっていなくても、カラオケさえあればキャラが歌う理由が生まれる良い事例だなと思っています。
《夢のBalloon》は、女らんまになったときの心境を歌った曲になっていて、歌い方も話し方と乖離しないようにわざと下手にしていたりと、現在のキャラソンにも通じるのかなと思っています。 ちなみに、他はギャグが多いです。 乱馬&らんまの《チャイナからの手紙》なんて、熱湯を浴び続けて変身しまくるひとりデュエットですし(笑)
夢のBalloon selected by I.H.
『November Rain』
1991 ポニーキャニオン
ふとん 今回のみんなの選曲は萌えアニメの曲が中心になってましたけど、ちょっと古めのキャラソンにも面白いものはたくさんありますよね。 カラオケで言えば、『らき☆すた』のキャラソンにもカラオケ形式のものがありましたよね?
I.H. そうそう。 『らき☆すた』のEDでも、カラオケとして実際の曲をカバーしています。 個人的には、カラオケさえあれば誰でも歌える、歌っていいという環境が結構好きなんですね。 カラオケで歌うだけでも、歌い方や選曲にそれぞれのキャラクターらしさが出るので、十分にキャラソンとして成立すると思っています。
nazca 『ゆるゆり』でも、ドラマCDとお互いのキャラソンをカバーし合うカラオケが一緒になったアルバムがありますね。 カラオケは、キャラクターの個性を出しやすいのかもしれません。
ふとん 『ヤマノススメ』の第3期(2018)にもカラオケシーンがありましたよね。 カラオケ形式のキャラソンはこれまでにも多くありますし、キャラソンの定番形式のように思えます。
つむじ キャラクターが歌いそうな曲を考えるだけでも個性が出るのは面白いですね。 僕は『からかい上手の高木さん』(2018)の2枚目のカバーアルバムの印象が強いですね。 カラオケに一緒に行っているようなジャケットになっています。
最近だと『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』(2023)のED曲も全部カバーでしたね。 GReeeeNの《愛唄》とか、MONGOL800の《小さな恋のうた》とかがカバーされていて、有名な曲をカバーする文化もまだ結構人気があるんだなと思いました。
nazca 『リコリス・リコイル』(2022)のDVD・BD特典でもカバー曲が入っていましたよね。 そちらでもLINDBERGの《今すぐKiss Me》とか、結構昔の曲がカバーされていました。
I.H. カバーだと、曲自体がすでに持っているテーマとかストーリーを借用している事例もありますよね。 たとえば、『BanG Dream! It’s MyGO!!!!!』(2023)ではMyGO!!!!!の各キャラが “歌ってみた” という体で、YouTubeにカバー曲がアップされていまして。
長崎そよは、以前に組んでいたバンドが忘れられず、新しく組んだバンドを利用してまで昔のバンドを復活させようとするほどエゴが強いキャラなのですが、40mPの《キリトリセン》という過去の恋人を忘れようする曲をカバーしていて、とてもマッチしているんですよね。 オリジナルのキャラソンとして聴いてしまうほどで、カバーの可能性を感じた一曲でした。
【歌ってみた】キリトリセン covered by そよ
2022 MyGO!!!!!
つむじ キャラクターにマッチするカバー曲があるとすごくうれしいですよね。 ファンタジー作品だと難しいかもしれませんが、現実世界との乖離が小さい作品であれば、キャラクターに現実世界で有名な曲をカバーしてもらうことで、そのキャラにさらに親近感が湧くというのはありそうです。
2020年以降のキャラソン
物語さえあればキャラソンは生まれる
I.H. それでは、最後のテーマである「2020年以降のキャラソン」についても話していきましょうか。 最近の曲だと、『SSSS.DYNAZENON』(2021)というアニメに出てくる、はぐれものの飛鳥川ちせが歌う《クジラ雲》が好きですね。 彼女が抱える焦燥感や怒りがごちゃ混ぜになったドロドロした感情が赤裸々に歌われていて、気に入っています。
今回『声色』Vol.01を作るにあたって結構手広くキャラソンを聴いてみたわけですが、自分の感情を率直に語るタイプのキャラソンは一定数ある気がしています。 アニメのストーリーのなかでキャラクターの内に湧き上がった感情を、そのまま吐き出したような曲ですね。 物語が作られ続ける限りキャラクターにも感情が生まれ続けるので、このタイプのキャラソンが途絶えることはないのかなと。
クジラ雲 selected by I.H.
『SSSS.DYNAZENON CHARACTER SONG.1』
2021 ポニーキャニオン
nazca メインの5人のなかでも飛鳥川ちせだけがダイナゼノンに乗れなくて、でもゴルドバーンがそばにいてくれたから一緒に戦えるようになるんですよね。 アニメの物語をキャラソンに持ち込むかたちなら、確かにこれからもずっと続いていきそうですよね、物語さえあれば作れるので。
アニメのキャラソンって最近少なくなってきてると思うんですけど、この曲みたいに、キャラソンらしいキャラソンが出てくるとやっぱりうれしいです。
ふとん 今回の座談会では、キャラソンを “アニメから独立したもの” として位置づける見方もあったと思うんですけど、制作側としてはアニメと地続きで作っているはずで、本編のストーリーがキャラソンにもすごく影響すると思うんですよね。
たとえば『ぼっち・ざ・ろっく!』(2022)では、同じバンドアニメの『けいおん!』と比較すると、主要人物たちは金銭的にも精神的にもある種余裕がない環境に置かれているじゃないですか。 簡単に高価なギターを購入できなかったり、関係者や観客から演奏をシビアに評価されたりする世界を生きているわけですね。 結束バンドの《忘れてやらない》という曲には、この余裕のなさがわかりやすく表れている印象があります。 サビでは「青い春なんてもんは 僕には似合わないんだ」と歌っていますが、この曲の歌詞をぼっちちゃんが書いていると想定すると、その意味がかなりシリアスになってきますよね。
忘れてやらない selected by ふとん
『結束バンド』
2022 アニプレックス
つむじ 僕は実は結束バンドの曲があまり得意ではないのですが、《忘れてやらない》だけは例外で、メロディがすごくさわやかで好きな曲なんですね。 ただアニメ本編と合わせて考えると、本当にこの曲でよかったのか、という気持ちにはなりますね。 ぼっちちゃんがこの歌詞書いて大丈夫かな、みたいな。
ふとん それ、めちゃくちゃわかります。 ぼっちちゃんが歌詞を書いてるんだからキャラソンとしても聴けるはずですが、ちょっとシリアスすぎて本人のキャラクターとはあんまりマッチしないというか……。 キャラソンとして聴いたときにそれでいいのか、という気持ちが少しあります。 作中バンドの曲としてはいいのかもしれませんが。
I.H. 個人的には、喜多ちゃんがどんな気持ちで歌っていたのかも気になります。 結構笑いながら歌ってたじゃないですか、キターンって感じで(笑)
nazca 確かに(笑) ただ自分としては、すべてのキャラソンがアニメ本編と整合性が取れている必要はないと思うんですよね。 キャラクターが物語からある程度自由になれるというのも、キャラソンの良いところだと思うので。 アニメのストーリーでは叶えられない夢とか理想とか、全然別の世界線での自分とか、そういう広がりがあってもいいんじゃないかと思います。 本来キャラソンはアニメとは別のメディアで、単体でも聴けるわけですから。
キャラソンが減ってきた?
つむじ これまでのキャラソンはキャラソン単体で制作されていたものが多いですけど、最近はそれだけで作られることは少なくなっていて、本編のEDで使われるケースが増えた印象がありますね。 『スパイ教室』(2023)なんかはEDで毎回各キャラクターのキャラソンが使われていて、贅沢でいいなと思っています。 おそらく昔だったらEDに使わないでそのままキャラソンにしていたんじゃないかと思いますが、こうやって広く届けようとする姿勢はうれしいですね。
I.H. キャラソンの浮き沈みの話で言えば、キャラクターへの比重が大きいきらら系アニメでも、最近はキャラソンが減ってきている印象がありますね。 2010年代にはすでにキャラソンブームのピークがきていて、キャラクタービジネスが中心だったアニメの展開とも関係するかなと。 つむじさんは日常系アニメも継続的に見られていますよね、何か思うところはありますか?
つむじ ふとんさんの選曲にも関係しますが、『ぼっち・ざ・ろっく!』はバンドの話だったので、キャラソンではなくアルバムとして曲が出せる強みがありましたよね。 一方で、これまで普通に制作されていたキャラソンが減ってきている印象は確かにあります。 どのあたりでそうなってしまったのかは定かではないんですが。 2022年放送の『スローループ』でもキャラソンは出てないですし、残念ですね。
ふとん 少し前のきらら作品を振り返ってみると、2016年の『あんハピ♪』と『NEW GAME!』、2017年の『ブレンド・S』あたりではキャラソンが出ていますよね。 2020年時点でも、『恋する小惑星』ではフライングドッグが素晴らしいキャラソンを作っていました。
つむじ そう考えると、キャラソンが出なくなったのって結構最近なんですかね。
I.H. 『恋する小惑星』のキャラソンって、そこまでキャラを前面に出すキャラソンではない印象がありますね。 木ノ幡みらと真中あおのキャラソンなんて、お互いを想い合うバラードみたいな曲ですし。 少し前ならもう少しコミカルな演出でもおかしくなかったはずです。
つむじ それはわかりますね。 『スローループ』のED曲《シュワシュワ》も似たような感じです。 デュエット曲になっていて、半分キャラソンで、半分キャラソンじゃない、みたいなところがあるかなと。 好きな曲ではありますけど。
I.H. 2人以上で歌う曲が増えましたよね、『小林さんちのメイドラゴン』(2017)のキャラソンとか。 複数人で歌うことで、音楽のなかでも物語が生まれやすいんですかね。
つむじ そう考えると『私に天使が舞い降りた!』(2019)のキャラソンは頑張っていましたね。 星野ひなたの《やっぱりみゃー姉なんばーわん》はすごく好きです。
nazca 頑張ってましたよね、姫坂乃愛の《アタシ♡カワイイ♡宣言!!!》も良いですよね。
つむじ あの曲も確か2019年リリースなので、やっぱり2020年代に入ってから日常系のキャラソンが減ってくるんですかね。 もしくはアニメのED曲みたいなかたちで、本編の一部に組み込まれていくというか。
nazca EDに関連して言えば、各キャラのソロバージョンがある曲が結構好きですね。 たとえば『お兄ちゃんはおしまい!』(2023)のED曲《ひめごと*クライシスターズ》は、CDの後半のトラックに各キャラのソロバージョンも入っていて、なかでもまひろちゃんが歌ってるバージョンが好きです。 この曲のイントロにはセリフが入っていて、歌うキャラによってセリフの内容が変わってるんですよ。
ひめごと*クライシスターズ まひろver. selected by nazca
『ひめごと*クライシスターズ』
2023 ポニーキャニオン
つむじ 『ラブライブ!』でもありましたよね。 《これからのSomeday》なんかは、ソロバージョンだとキャラクターごとのセリフが聞き取れるので面白いです。 各キャラのソロアルバムを出すのはかなりコストがかかりそうですけど、主題歌のソロバージョンならおそらく作りやすいはずで、あるとやっぱりうれしいですね。 セリフの違いや歌い分けがわかりやすいですし。
I.H. 『けいおん!』でも、OP曲でもED曲でもない《レッツゴー》という曲を各キャラがソロで歌ってましたよね。 ソロバージョン自体は以前からあったわけですが、個別のキャラソンがだんだん減っていくなかで、そちらに重心が移っていく動きがあると言えそうです。 OP・EDの曲がキャラソンの役割を担うようになる傾向は今後も続くのかもしれませんね。
キャラソンの新たなフィールド
I.H. キャラソンの話をする場合、アニメのメディアミックス戦略は無視できませんよね。 キャラソンの制作が減った代わりに、ポップアップストアやオンラインくじなどの展開が増えて、アクリルスタンドとか缶バッジはたくさん作られている印象があります。 各時代でそれぞれのグッズの楽しみ方も変わってくるはずですし。
つむじ それはあると思いますね。 かなり雑な言いかたになってしまいますけど、推し文化が浸透したことによってファン同士がつながるために目に留まりやすいグッズが増えて、周囲からわかりにくいキャラソンが減ったという分析はできるのかもしれません。 このあたりは調査してみたら面白そうですね。
I.H. ありそうですよね、缶バッジなら推しを明確にアピールできますし。 キャラソンも含めた音楽全般は、イラストを使った視覚的なグッズよりも他の人に良さを伝えるのに時間がかかりますよね。 アニメのファンカルチャーには “オタクのレベル上げ合戦” としての側面があると思いますが、キャラソンはあまり効果的ではない印象です。
つむじ たぶん、一番盛り上がっていた頃のキャラソンって、ひとりで私的に楽しむものでしたよね。 他の人が同じ曲を聴いてたらうれしい、くらいのつながりだったはずで……。 オタクのグッズに対する態度の変化とともに、キャラソンという音楽の受容の仕方も変わってきたのかなと。
nazca 今後のキャラソンの展開で言えば、メディアミックスのなかでもソシャゲの話は絶対しないといけないですよね。 アニメのキャラソンは確実に減ってるんですけど、ソーシャルゲームでは今もキャラソンは出ています。 たぶんアニメと入れ替わるかたちで増えているはずです。 声優コンテンツも今かなり流行ってるから、声優のコンテンツとしてキャラソンはかなり大きいと思います。 キャラソンのフィールドそのものが、アニメからソシャゲあたりに移行している印象がありますね。
I.H. 確かに、今回皆さんが選出したキャラソンはアニメが中心でしたが、ソシャゲのキャラソンの話も大事ですね。
つむじ どのソシャゲでキャラソンが多いんですかね。 『ブルーアーカイブ -Blue Archive-』は出ていることには出ていますが、登場するキャラクターの数から考えるとそんなに多くはない印象です。
nazca 『ブルーアーカイブ』はあまりないですけど、『アイドルマスター』シリーズのキャラソンはやっぱり強いと思いますね。 ソシャゲ主導という点では『ウマ娘 プリティーダービー』も多いはずです。 CDがかなり出ていますね。
ソシャゲのなかにライブが組み込まれているところも重要ですね、ライブさえあればいくらでも曲を出せるので。アニメのキャラソンだと、アイドルとかバンドものでもない限り、これまで通り本編とは別のレイヤーで、つまりサイドストーリーやカバーといったかたちでやることになるんでしょうね。
『ウマ娘 プリティーダービー』WINNING LIVE 01
2021 バンダイナムコアーツ
つむじ そういう意味では、ソシャゲの『アイドルマスター シンデレラガールズ』とか『ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル』がリリースされたのはもう10年前ですけど、すごく成功したと思いますね。 音ゲーをやるだけで、1分半は確実に曲を聴いてもらえるので。 よく考えついたなと思います。
キャラソンの最前線がアニメからソシャゲに移行しつつあるんだとしたら、今回話題になった物語とキャラクター、リスナーの関係に加えて、やはりゲームシステムにどうやって落とし込むかがすごく重要になるんでしょうね。
おわりに
I.H. それでは最後に、今後のキャラソンへの展望と聴きたいキャラソンについて話して終わりましょうか。
ふとん キャラソンを取り巻く背景はこれまでも変化してきましたし、間違いなくこれからも変化していくのだろうと考えています。 現代のメディア環境においては、キャラソンはYouTubeやTikTokでの “バズ” を生むポテンシャルを持っていると思いますが、これから時代が変わっていくなかでも、キャラソン文化が続いていくことに期待したいですね。 本日議論したようなキャラソンに固有の意味や価値のようなものが、今後も重要になるのだろうと予想しています。
聴きたいキャラソンとしては、僕が好きな『魔女の旅々』(2020)のイレイナのキャラソンがまだ出ていないので、それに期待したいです。自分のような、旅をしたいけれどできない引きこもり気質のオタクにとっては、旅をしているキャラクターの歌がある種の救いになってくれるんです。
nazca キャラクターと自分を重ねて聴くことができる点がキャラソンの面白さだと思うので、今後もそうやってキャラクターと一緒に生活していけると素敵だなと思います。 あと、やっぱり僕はキャラソンの遊びみたいなところが好きなので、そういうのも増えてほしいですね。 お金がある限り、キャラソンは買い続けたいと思います。
2024年に『ゆるゆり』のスピンオフ作品の『大室家』が劇場アニメ化するんですけど、大室家全員のキャラソンには期待していますね。 これで出なかったら、もうアニメのキャラソンは終わりだな(笑)という感じです。 まあ出るとは思いますけどね。
My Dear SiSTARS!
『My Dear SiSTARS! / 大げさに愛と呼ぶんだ』
2024 Lantis
つむじ アニメというのは、私的でありながら公的なものでもあるという印象が個人的にはあります。 キャラソンもそれに近いんですよね。 先ほども少し話しましたが、それぞれでどんな聴き方をしてもいいんだけど、たまに他の人とキャラソンの話をしたときに同じ曲を聴いていたらうれしい、というようなことです。 そういう聴き方ができる音楽はあんまり多くないので、今後も残ってくれたらうれしいです。
とりあえずは『明日ちゃんのセーラー服』(2023)のキャラソンが出てほしいなって思いますね。 OPの《はじまりのセツナ》のソロバージョンを16人分作ってほしい(笑)
I.H. 自分はいろんな人のライフスタイルに関心があるんですが、最近のアニメは若者文化として盛り上がっているので、常に若者が主人公として描かれるという点でアニメが好きなんです。 今後もアニメのキャラソンを通して、青年期のいろんなライフスタイルの赤裸々な感情を聴くことができたらうれしいですね。
なので、岡田麿里さんが手がけたアニメのキャラソンを聴きたいです。 結構ドロドロした人間模様が描かれるじゃないですか、そういう高ぶった感情を聴きたいですね。
つむじ 『アリスとテレスのまぼろし工場』(2023)のキャラソンにも期待ですかね(笑)
I.H. はい、初期の作品からもお願いしたいです(笑) 本日はいろいろな興味深い話が飛び出した、実りある座談会になったのではないかと思います。 ありがとうございました。
(2023年9月30日 私的音楽同好会Discordサーバーにて)
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